表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お父さん  作者: 炎華
1/6

はじまり

3月30日。

あれは母の誕生日。

桜が満開の日曜日だった。

ケーキを携え主人と、車で1時間の私の実家へ向かった。


キーキー軋る古い鉄の門を開け、ドアをノックする。

実家には呼び鈴がない。

訪問者は必ずあの軋る門を開けなければ、この家の主には会えないことになっていた。

「その方が面倒くさくなくていいのよ。」

母はいとも簡単にそう言い、私が結婚してこの家を出た後も、何も変わることはなかった。


玄関で主人と私を出迎えた母が、いらっしゃいの次にこう言った。

「お父さんね、金木犀の枝を滅茶苦茶に切っちゃったのよ。可哀想に、丸坊主だよ。」

この家は南側に大きなマンションが建ち、あまり日が当たらない。

土地目一杯に家が建っているので、庭と呼べる物はなく、東西南北に、人一人がやっと通れる位の狭い隙間が空いているだけだった。

北側の隙間に、前の住人が植えた濃いピンク色の花が咲く椿が大きく育っていた。

その横に、ここに来たばかりの時に、母と二人で植えた金木犀があった。

北側にも家がぴったり建っていたので、ほとんど日が当たらず、朝、東からの日が当たるだけの場所だった。

そのせいで、この金木犀は未だに満開に花を咲かせたことはない。

しかし、去年からちらほらと花を咲かせていた。


まだ靴を脱ぐ前だったので、そのまま覗いてみる。

かの金木犀がほどんど葉を残さず、やたらコンパクトになっていた。

無理矢理折ったような枝もある。

これは・・

枝を切り詰めたにしては切りすぎだ。

「ノコギリとか、ハサミでムキになって切ってて。」

いつの間にか後ろに来ていた母が言う。


父は、あまり自分から何かをするタイプでは無い。

まして、枝が邪魔だったから切る、など。

それなら、その横の椿の方がかなり大きくなっているし、枝も張りだしている。

切るなら、そちらを切るだろう。


この家は日が当たらないせいで、春でもかなり寒い。

バツの悪そうな顔をした父が、コタツのいつもの場所に座っていた。

「なんで、そんなことしたの?」

少し不思議な気持ちで父に尋ねた。

「それがいいと思ったんだよ!」

やはり、バツが悪そうに答える父。

そう言ったあと、小さな声で、

「・・・もう、しない。」

なんだか、すごい違和感を感じた。

今から考えると、そのときから父の異常な行動が始まっていたのかもしれない。


母の誕生日を祝う最中、父が言った。

「首の所にしこりがあるんだよ。」

父は近所にかかりつけの内科があった。

そこの先生と仲も良かった。

「先生に相談してみた?」

「まだ。今度行ったとき、診てもらうよ。」

そのときはあまり何かを深く考えたわけではなかった。


首のしこり。

あまりいい兆候ではない。

そう聞いたときに、父方の親戚の顔を思い浮かべたが、癌を患った者はこのとき一人もいなかった。

それで余計に何かを考えることはなかったと思う。


かなり夜も更けてから、実家を後にした。

満開の桜が並ぶ大きな通りで、主人が珍しく青信号に気付かず、後ろの車にクラクションを鳴らされた。

大きく道路に迫り出す桜を見ていて、信号に気がつかなかったのかと言うと、

「誕生日なのに、お母さんにみんなやらせちゃったなぁと思って。」

母は、「座ってて」と言われて座っているような人ではなかった。

どんどん自分で動いて、誰かに手伝ってもらう方が煩わしいというタイプだった。

それでも、

「そうだね。お母さん、かえって疲れたね。」

桜が綺麗な夜だった。


2ヶ月後、母から電話があった。

受話器から聞こえるその声は、困惑しているわけでもなく、涙声でもなかった。

ただ、淡々と、母は私に言った。

「お父さんが、壊れちゃった。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ