end
「…」
翌日、僕は無言で教室に入るという選択をとった。
元気な挨拶で誤魔化そうとも思ったが、それは僕の“マイナスに愉快なイメージ”を加速させるだけだと思い、留まった。
周りがヒソヒソ噂話でもしてくれたら楽なものだが、なにせ全員出会って数日。そんな声さえも聞こえない。
先輩、銀子はねこねこパワーでどうにかすると言っていたけど、どうにかなっている気配はまるでしない。
「地道にイメージを回復するしかないのか…」
思わず出てしまったその独り言に反応し、周りの人間は一斉にこちらを見る。加速してしまった。
僕は事態を悪化させないようにホームルームまで顔を伏せてやり過ごすことにした。
机とにらめっこする僕はまるでアンゴルモアを目の当たりにしたかのような表情だっただろう。
(素数でも数えていよう)
「ホームルームを始めるぞー。きりーつ」
定刻になり、担任の先生が号令をかけた。先生の声と椅子の擦れる音に謎の安心感を覚える。
「まだ新学期始まって間もないが…今日は転校生が来ている。さぁ、入ってくれ」
思わず「どんなタイミングだ」「数日早く来ることはできなかったのか」と、つい内心小言を挟んでしまう。
しかしその反面、クラスで既に孤立しかけている僕にとって新しいクラスメイトの登場は現状を打開するキーマンになるかもしれないと若干の期待もしていた。
扉が開かれ、教室へ入ってきたのは。
「はじめまして。名前を───」
それは僕もよく知る人物だった。
「…よお、久しぶり。小学生以来だな」
僕がそう声に出すと案の定周りはこちらに視線を向ける。でもその視線ももう痛くない。
「えっ…美袋?美袋か?」
「そうだ」
「一緒に猫の世話をしたあの美袋だ」
4月。桜も散り始めた春の日に、僕はとても不思議な体験をした。
春の陽気にやられているのかもしれない。新しい学校での不安も尽きない。
でも、それでもいいやと思えるくらいに、僕の早すぎた青春をまた取り戻せたような気がした。
ありがとうございました。