千聖と池神様
最近短編小説の練習中です。難しいですねやはり。
「………なんで学歴なんてものがこの世に存在するんだ!!」
私の叫びが、だだっ広い湖畔に響き渡った。
ピチャン
私の声に唯一反応してくれた魚は、一瞬姿を表すと、また湖へと消えていった。
私の名前は影沼千聖。今をときめく32歳。多分この言葉を言って良い年齢の2倍ぐらい歳をとっている。まぁ言葉の魅力が2倍されたとでも思ってほしいな。
現在は11時35分。平日の真昼間。こんな時間になぜ湖で釣り糸を垂らしてボーッとしているかというと……そんなの…………
「仕事がないからじゃいボケぇ!!!」
……………
今度はどの生物も私の言葉に反応してくれなかった。ただ、肌寒い風だけが私の頭を撫でてくれた。
そう、私はただいま求職中。1ヶ月前まではコールセンターで仕事をしていたのだけれど、自分にあっていないような気がして辞めた。来る日も来る日も椅子に座って「お電話ありがとうございます。○○○会社でございます。」なんて、無理無理。一年もよくもった方だよ。
クイクイ
私は竿をほんの少ししならせる。
そもそも学生の頃からそうだった。私には簡単な仕事なんて似合わないんだ。どうしても途中で投げ出してしまう。いや、投げ出すというよりも、あえて辞めるって感じ。「こんなレベルの低い仕事やってられるか!」ってね、思っちゃうのさ。そもそも私には社長とかがお似合いなわけ。人の下につくとかありえないから。
グン!
竿が勢い良く撓む!
来た!来た来た魚だ!待ってたよー今晩の夜食!さっきの飛び上がった魚だったらどうしよう……ええい!構うものか!2回目に反応してくれなかった罰だ!こちとら二食抜いてんだ!!腹ペコなんだよ!!
ザパーーン!!
大きな水しぶきが飛ぶ!なんて大物だ!これなら1メートルは軽くこすんじゃ………
「…………」
私が釣ったのはでっかいおじさんだった。イケメンとかそんなんじゃない、そこらへんにいるブサイクなおじさん。無言のままこっちをじっと見ている。1メートルは軽く越してたね、うん。1メートル67センチメートルぐらいはあるよ。
「…………」
私もたまらず無言になった。
「………あ、どうも。」
おっさんは私に挨拶をして来た。
「…………あ、ああ、どうも。」
「…………」
そうしてまた訪れた沈黙。やけに胸が痛い。
「………あのぉ、神様って言ったら信じる?」
1分間の沈黙の後、おっさんが声をかけて来た。
「え?ええ………私が?」
「違う、私。」
おっさんは自分に指を向けた。
………何言ってんだこいつ。
「私、池の神様。冴えない無職を救うのが役目。」
「誰が冴えないか。私はこう見えても人生エンジョイ勢だ。舐めるな。」
うわ、ほら、自分の暑さに耐えられなくなってハンカチで顔拭いちゃってるじゃん。ただのおっさんじゃないか………こんなのが神様なんてありえない。
「………私ね、願いを3つまでなら変えてあげられるんだよ。」
私が全然信用してないからか、おっさんがいきなりとてつもないことを言った。
「え?マジで?」
「うん、自己中な願いだったらなんでも叶えてあげられる。」
「え?なんでも?」
「うん、お金持ちにしてあげられるし、なんなら国王様にもしてあげるよ。ただし自己中心的じゃないといけないんだ。他人のこととか考えたらダメ。」
「………もし考えたら?」
「今まで叶えた願いは全て消えるし、残りの願いも叶えられない。つまり全部消えるのさ。」
「………なるほどそれいいね!あんたのこと神様だって認めるよ!だから私の願いを叶えてくれ!」
願いを3つも叶えられるだって?最高じゃないか!しかも自己中心的なこと限定?………ふっ、願いを叶える時なんて大抵自分のことのみじゃないか。他人のことなんて考えている暇などないでしょ普通。
「いいよーー。なんでも言ってちょうだい。」
「私を年商1000億円の会社の社長にしてくれ!!」
「はいー喜んでー。」
パチン!!
おっさんが指を鳴らすと、あたりが虹色に輝きだした。夢の全てが今目の前にあるかのような夢幻な景色。小学生の時に味わったような満ち足りた感覚だった。
「社長!!おはようございます!!」
私はいつの間にか、大量のスーツ姿の人間の前で立っていた。
ここは………高層ビル?え!?18階!?
「どう?私の言ったこと本当だったでしょ。」
私の隣にさっきの半裸なおっさん。
やめろ!心臓に悪い!てかさっさといなくなれ!大勢が見てるでしょ!
「大丈夫。私の姿は見えてない。だって神様だからね。」
………神様万能すぎ!
「君は今、時代を牽引し、社員は2675人を抱えるIT業界の錐出的大会社の社長さ。」
本当に願いが叶ってしまった。いま、目の前で現実を見せられてしまった……いや、待てよ?これは夢か?
ベチン!
私は思いっきり頰をぶったたいた。
痛い!頰がジンジンする………けれど、
私は痛みで涙目となっている目を開くと目の前には大量の黒スーツ!
夢じゃない!夢みたいだけど夢じゃないんだ!
「………ふっふっふっ!!とうとう私の時代がきたー!!!私の底力を見てろよ!!!」
その後、火のついた私はたちまち広範囲の事業を開拓していった。今まで庶民の、特に貧困層の実情を身を以て体験していた私はそこのニーズを把握できており、そこをどんどん攻めていくことができた。成功の花吹雪。諭吉の滝流れ。富と名声がどんどん降り落ちてきた。
鰻上りに成長していった私の会社は、半年で2倍の年商まで業績を伸ばしていた。
「ふっふっふっ………完璧に私の時代だ。ヒレ肉が美味しいね。」
私は三つ星レストランで超柔らかなヒレ肉をナイフで切り、口に入れながら独り言を呟いた。
「らしいね、すごいよ。」
そんな優雅な私の横には、いまだ半裸な神様がいやがる。他の人には見えてないとはいえ………雰囲気などあったものじゃない。早く消えてくれないかなぁ。
「すごいって……神様に見初められたんだから成功するのは当たり前なんじゃないの?」
「いや、成功する人は少ないんだよ。3割にも満たないんだ。それに成功したとしても、君みたいにここまでの実績は残せていなかったね。大抵総資産1500万円が限界さ。」
はぇー………つまり私は選ばれし成功者ということか。これは嬉しい限りだ。
「これはこれは、[Coming]の社長さんじゃないですか。奇遇ですね。」
店の奥から紺色のスーツを着た男が出てきた。腕には純金とプラチナのみをあしらった、針がよく見えない趣味の悪い腕時計。ネクタイなんてピカピカしすぎていて見辛いぐらいだ。
この男は[PONTA]という、年商3500億円の、私達よりも格上の会社の本間雄二社長だ。
「こんな高いお店で会えるとは思ってもみませんでしたよ。」
雄二は口元を押さえ、上品に笑った。
………ん?
「最近成り上がってきた若造のくせに、調子に乗りすぎじゃないですかねぇ。」
「………言ってくれるじゃないか雄二さん。成り上がってきたからこそ高い肉を食べて体力をつけるんですよ。そして明日に備える。むしろあんたみたいな老害が肉を食べる方がおこがましい。あんたが高い肉を食ったところで、何も生み出さないじゃないか。ただ下から出すだけだ、違うかい?」
「なん……だと貴様!!我が会社を敵に回すのか!!」
「ええ、敵に回してやるよ。あんたらぐらい、すぐに私の会社が追い抜いてやる。」
「………その言葉、忘れないからな!!!」
そう言うと、雄二は悔しそうな顔をしたまま何処かへと消えていった。
「おっさん。2つ目の願いを聞いてほしい。」
「うん、いいよ。」
「私の体を頑丈にしてくれ。1年間寝なくても害をきたさない、頑丈な体に。」
「………お安い御用だよ。」
こうしてこれから一年、私は寝ることなく色々な仕事をこなした。世界を飛び回り、移動の時間に指示を出し、みんなが寝ている間に企画を練り上げ、新規顧客の取り込みを行い、それと同時にお得意様と更なる信頼を築き上げた。その過程で作り上げた、遠くの人間と視覚を共有することができると言う画期的な新商品[クラウズワン]が爆発的なヒットを博し、我が社の年商はたちまち4倍へと膨れ上がった。
「やばい………私天才すぎる。」
私は東京の超高層ビルの最上階に作った家の書斎で、カフェモカを飲みながらくつろいでいた。
私の名前をネットで検索すると、たちまち私の顔写真と功績が出てくる。ふっふっふっ………やべぇ、天才すぎる。
「しかしすごいなぁ、こんなこと初めてだよ。」
相変わらずつきまとってくる半裸の神様が、私の伝記を読みながら神妙に頷く。
「私が叶えた願いは君にチャンスを上げるだけのようなものだった。それなのに君はそのチャンスを全て拾い上げて成功した。君、実は天才だったんでしょ。」
雄二の[PONTA]は、株券を速攻で買い占めることで私の会社に吸収された。一応部長という職を与えているが、1年後にフィリピンの支部に支部長として飛んでもらうつもりだ。高齢だから可哀想?はっ、どこが可哀想なんだ。どうせ親の七光りで成り上がった身分なんだ、今まで努力してこなかったのだろう。だから丁度いいんだよあいつには。
「私は天才さ。ただ、社会不適合者だったってだけでね………今までチャンスがなかった、ただそれだけさ。」
自分に正直に生きてきて、社会からはじき出されてしまった。その結果の無職。けれどおっさんからチャンスをもらい、また今度も自分に正直に生きて、その結果ここまでの成功を収めた。天才を理解できるのは天才のみ。そう、私を理解できるのは私のみだ。
あ、これ至言?今ネットに匿名で書き込んじゃう?
「………たくましいね本当。」
おっさんがあきれた。
「まぁね、逞しくないと成功しないさ。……明日は朝一にカンボジアのプノンペンに発たなきゃいけないから早目に寝ないとな、おやすみおっさん。覗くなよ。」
「覗かないよ。」
私はおっさんがいなくなったのを確認すると、布団に入り眠った。
翌日
午後1時、首都プノンペンに到着した。
町は活気付いていた。さすがは現在進行形で急発展する国だ。車も建物も綺麗で多い。
「影沼社長。13時半から重要な商談があります。急がないといけません。」
部下の1人が私を急がせる。
「ああ、先に行ってて。場所は覚えてるから、ちょっとご飯食べてから行くよ。」
「しかし………」
「大丈夫!ホットドッグみたいなものをチビチビかじるだけだからさ」
「…………」
それでもなお心配そうな顔をする部下。
………まったく、
「この私が大切なことを取り逃がしたことなんてないでしょ?安心して。今回の会議がどれほど大切かなんてちゃんと理解しているから。絶対に遅れない。約束する。」
「………わかりました。それじゃあ30分後、遅れないできてくださいよ。」
そういうと部下は去っていった。
「よし、カンボジアの料理に舌鼓だ!やってみたかったんだよねぇ、世界各国の郷土料理を食べ歩くの!」
おっさんに願いを叶えてもらってから、いままで出来なかったことが突如として目の前に飛び込んできた。それもこれも全て、チャンスを与えられたおかげ。そして、私のおかげ。私の好きなように生きた結果だ。
私はプノンペンの中心部に歩いていった。
プーーン
すると、少し、変な匂いがしてきた。まるで生ゴミを1週間ほったらかしたかのような、鼻にくるキツイ匂い。
建物の陰から漏れ出る煙も見え始める。大規模な家事をしているかのような規模の煙だ。
なんだなんだ………死体処理でもしているのか。
「うわ……酷い…………」
鼻を押さえながら、好奇心で匂いがする方向に進んで行くと、目の前にゴミ山が広がっていた。
本当に、山だ。私の背丈の5倍はある大きな山。これが……ゴミで出来ているというのか。それにあの煙、この高音のせいで自然発火しているのか?いや、細菌の分解作用か………どちらにしろ危険であるのに変わりはない。
ザッザッザッ
そんな危険なところだというのに、人達がその上を歩いていた。ほとんど裸足に近い足で。今にも雪崩が起きてしまいそうな山肌を。
ゴミが足に刺さって化膿でも起こしたらどうするつもりなんだ………
ゴミ漁り………確かにいままでニュースで聞いたことはあるが、生で見ると、あまりにも酷い。テレビじゃ伝わらない悲惨さがある。こんなところで大人が、ましてや子供が生活しなきゃいけないなんて………どうなってるんだ一体。
「………私なんかよりも、この人達を救うべきなんじゃないのか?」
私は、考えてもいなかった言葉を呟いた。
「………私は可能性のある人間を救うだけさ。彼らみたいに、学のない人間を救うことはできない。」
「はぁ!?学がないからって………私だって学校生活はテキトウだったぞ!?」
「そういうことじゃない。彼らには読み書きをする力が欠如しているんだ。……そんな人間に願いを3つ与えたとしても、[読み書きができるようになる]なんてことで願いが1つ潰れる。それじゃあ可能性が少ないんだ。」
「でもそれでも!私みたいに願い事2つだけで成功できる人間がいるかもしれないだろ!」
「だから何度も言っているじゃないか。君は天才で、君みたいな人間はいままで現れなかったんだ。………あの中に、君みたいな天才がいると私は思えない。」
………平然としやがって。神様だからか?神様だから、そうやって、私達の不幸を簡単に見てられるのか?
ピリリリリ
腕時計が鳴った。時計を見ると13時20分だ。走ればギリギリ目的地に着く時間………
今走らないと間に合わない。でも、今この状況を見て見ぬ振りは………
「キャアアア!!!」
ゴミ山から悲鳴が聞こえてきた。
顔を上げると、小さな女の子がゴミ山から転げ落ち、ふくらはぎに草か何かが刺さっていた。
…………こんなの見せられたら、どうしようもないじゃないか。
そうだ、いままでそうだったじゃないか。私は……
「おいおっさん。会社も、富も、名声も、何もかも失っていいから私の願いを叶えろ。それぐらいできるだろ、神様なんだから。」
「………本当にいいの?」
「ああ、関係ない。私の人生なんていままでそうだった。私は、」
私はきていためっちゃ高いコートを脱ぎ捨てた。
「自分のやりたいことをやってきた!自分に正直に生きてきた!だったら今回も自分を殺さずに、自分の道を進むだけだ!」
ビシッ!!
私はおっさんに指を突き立てた。
「お世界中の国に全10000棟の学校を建築し、義務教育を導入しろ!!もしお金が足りないとでも言うのなら、私が作った会社の資産を全て使え!会社も売っぱらえ!土地も売っぱらえ!特許すらも売っぱらえ!だから絶対に助けろ!!これはお願いじゃない、命令だ!!!」
「………やっぱり君って、変人だよね。」
その言葉が終わった瞬間、世界がまた七色に包まれた。夢が始まった時の光景と同じだ。自分に色々なものが付け加わったあの時と………ただ、違うのは、今回は全てを失うということだ。でも結局、私から言わせれば、これもまた夢なのかもしれない。いや、夢じゃない。私の人生は常に夢じゃなかった。
「………[一夜で世界中の発展途上国で学校10000棟が同時に建設されるという怪現象!!各省庁に義務教育推進のためのお金も送り届けられた!!これは世界各国の富豪がお金を出し合い、学校の建設と補助金の助成をしたらしく……………]うまいことやるもんだな、おっさん。」
シュッ
私は公園のベンチに置いてあった新聞を読んだ後、湖に向けて竿を振った。
ポチャン
針は音を立てて水の中に吸い込まれた。
自分に正直に生きた結果、全てを得て、全てを失った。夢のようで、現実。私というかけがえのない現実を貫き通したのだ。これを夢だとは言わせない。
「…………やっぱり学歴ないとダメだな!!切実にそう思ったわ!!」
ポチャン
魚が1匹、自ら跳ね上がった。