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2017年/短編まとめ

色んなものを曖昧にしてでも刺激がなくちゃ生きていけないの

作者: 文崎 美生

「おや、獅子ヶ(シシガサキ)くん。放課後に会うなんて珍しいねぇ」


ケタケタと笑い声を漏らすが、屋上の扉を開けて入って来た彼――獅子ヶ崎くんは、顔を歪めて私を睨み付ける。

睨み付ける割には、扉を閉めて来た道を引き返すことをしないところが、私からしたら好ましい。

誰かに流されることがないと言うべきか、誰かの何かで自分の行動を変えないところが好ましいのだ。


扉の直ぐ脇か、タラップを登った先が獅子ヶ崎くんの定位置なのだが、今日は違うらしい。

ツカツカと何故か私のいる方まで歩み寄って来て、私の胸元くらいの柵を飛び越える。

つまり、私がいるのは、屋上の柵で囲まれた外側で、獅子ヶ崎くんも同じ場所に降り立つ。


「……何してるの?獅子ヶ崎くん」


柵を越えて隣に立つ獅子ヶ崎くんは、先程と変わらずに顔を歪めている。

身長差は大体頭一つ分くらいはあるので、至近距離で見下ろされると威圧感があった。

ミルクティー色の髪の毛が、太陽の光に当てられてキラキラしているので、私はそっちの方に気を取られるのだけれど。


「お前が何してんだ」


質問に質問で返されて、ゆるり、首を傾ける。

緑掛かった黒目の中に首を傾ける私が映り、私はぼんやりと私を見つめていた。

何も何も、屋上の柵を飛び越えていただけである。

それ以上も以下もない。


考えたことをそのまま口に出せば、獅子ヶ崎くんの眉間には深いシワが刻み込まれる。

目も、心なしか先程より釣り上がって見えた。

成績優秀だけれど、素行不良として有名な獅子ヶ崎くんは、顔立ちも整っているが、しかめっ面なので、高身長同様に威圧感がある。

天は二物を与えず、と首を更に捻ってしまう。


「お前、自殺志願者か」


捻っていた首を戻す。

瞬きを繰り返し、険しい顔の獅子ヶ崎くんを見上げて、取り込んでいた空気をまとめて吹き出した。


「っは、ははっ、あはははっ!じさ、自殺志願者!私が!!あはっ……あはははっ!」


「……」


肩を揺らして、お腹を抱えて笑う。

先程吐き出した分の空気を取り戻そうと呼吸をするが、笑い過ぎて上手く取り込めない。

それでも笑いが止まらず、体が揺れる。

支えるために柵を掴んでいるが、体の揺れも、笑いだって止まらない。


顔を伏せて笑っているので、獅子ヶ崎君がどんな表情をしているのかは分からないが、何となく重たい、刺すような空気がある。

それで笑いが止まれば苦労はない。

私が自殺志願者なんて、なんて笑い話なんだろう。


「テメェ……」


「いや、ふはっ……ごめっ、ごめん。ふふっ、私、そんな風に見られてたんだ。あははっ」


ゆらりと獅子ヶ崎くんが動いたのを感じ、顔を上げて言うけれど、笑いが節々から漏れて出る。

お腹を押さえていた方の手を前に出しては、左右に振って獅子ヶ崎くんとの距離を保つ。

ちょっとでも気を抜けば、胸倉を掴まれそうだ。

それくらいに殺気立っている。


「いやはや、死にたいとは一時的な気の迷いにも似たもので、まだまだ生きるよ。生きたいよ」


やっと笑いが止まり、長く息を吐きながら言えば、獅子ヶ崎くんの背中で揺れていた真っ黒なオーラが小さくなっていく。

人間誰しも死にたいとは一度くらい考えるもので、私だってそれくらいあって、だからと言って実行する程に追い込まれているつもりはない。


柵から手を離して、柵の方に背中を預ける。

こちらを見ていた獅子ヶ崎くんが首を傾けるが、私の視線は足元、屋上のギリギリのラインから見える下に投げた。


「こういうギリギリのラインが一番ドキドキするよねぇ。ワクワクでも良いけど、取り敢えずこういう所にいると飛び降りたくなる」


「……それ、自殺志願者と何が違うんだ」


柵を後ろ手で掴みながら、ぱたたっ、ぱたたっ、と爪先で音を立てる。

屋上特有の強い風が吹いては、制服であるプリーツスカートをバタバタと揺らしていく。

時折体も風に煽られて揺れるので、足がもつれそうになって、更にドキドキするのだが、獅子ヶ崎くんには理解出来ないようだ。


全然違うよ、全然、なんて言いながら足元を見る私はドキドキしている。

妙に冷たい汗も背中を流れていくし、心臓は熱くなるし、呼吸だって早くなるので、いつもと違う。

死にたいと思ってここに立つなら、そんな高揚感は抱かずに、目的達成のために飛び降りる。

私はその高揚感を味わうためにいるので、飛び降りることは決してしない。


「そもそも、学校の屋上でそんなことして、失敗したら大問題だからね」


ケタケタ、笑い声を上げながら獅子ヶ崎くんを見れば、眉間のシワが更に深くなっていた。

黒いオーラは小さくなっているが、目を眇めてこちらを見ている、見下ろしている。


「生きるためには、刺激って必要だよ」


柵から手を離して、獅子ヶ崎くんの方へと伸ばせば、呼ばした手を掴まれ、引かれる。

およ、変な声と共に体が獅子ヶ崎くんの方へ傾き、足も動く。

動いてしまった足がもつれるのは、どうしようもないことで、誰も、私も、獅子ヶ崎くんも、予想はしてないわけで。


「あっ、わっ……」


「……ッ!」


もつれた足のせいで、体が獅子ヶ崎くんの方向よりも、真横に逸れる。

軌道修正をするよりも先に、気の抜けたような声が出て、私の腕を掴んでいる獅子ヶ崎くんの手に力が込められた。

次の瞬間には、浮遊感。


緑色の光を持った黒目が、間抜けな私の顔を移していて、二人揃って空に投げ出される。

この下って、何だっけ。




***




ガサガサガサガサ、と耳障りの悪い音が響き、獅子ヶ崎くんの唸り声が聞こえる。

寝起き同然に勢い良く目を開ければ、草むらの中、私は獅子ヶ崎くんの上にいた。

瞬きを繰り返し、ゆるゆると視線を左右上下前後に投げて、獅子ヶ崎くんと目を合わせる。


一瞬だけ消えていた眉間のシワは、目を合わせた瞬間に元通りになっており、ジロリと効果音の付きそうな目で私を見上げた。

緑色の光は健在だ。

擦り傷はあるけれど、特別血が出てたりはしていなさそう。


「……獅子ヶ崎くん、大丈夫?」


馬乗りのまま問い掛ければ、鋭い舌打ちが一つ、と「……お前は」と、質問が返ってくる。

平気だよ、とは言うが、君が下敷きになってくれたから、とは言わないでおく。

今度こそ胸倉を掴まれそうだ。


「獅子ヶ崎くんも、平気そうで何より……っふ」


耐えきれずに俯く。

手近にあった、獅子ヶ崎くんのワイシャツを握り、肩を震わせれば、珍しく動揺したような声で「オイ……」と声を掛けられる。

が、そんな心配は無用だ。


「っふ、あはっ、あははははははっ!やば、やばいよ!落ちた、まさかっ、落ちるとか、あはははは!」


肩を震わせて堪えようとしたが、我慢出来るはずがなかった。

心臓はバクバクと音を立てているし、血液がグルグルと身体中を駆け巡っている。

生理的な涙が浮かび、目尻を拭う。


未だ私の下敷きになっている獅子ヶ崎くんは、予想外という風に目を丸めていた。

この顔も珍しい。

怖がって泣くと思われたのかもしれないが、生憎そんな女の子らしい心情は持ち合わせておらず、生きてるって感じ!と叫んでしまう。


「感性死んでるし、重いんだよ」


馬乗りになっていたが、獅子ヶ崎くんが勢い良く上半身を起こすので、驚いて転がり落ちる。

転がり落ちたところで、植木の直ぐ脇は芝生なので、痛くも痒くもない。

いや、草が擦れて少し痒いかも知れないが。


スッと立ち上がった獅子ヶ崎くんは、制服に付いた草を払い落とし、頬を袖で拭う。

しかし、落ちた時には、私の方が先立ったのに、下敷きにしているとは一体。

座り込んだまま見上げれば、本日二度目の舌打ち。


「ねぇねぇ、獅子ヶ崎くん!また今度一緒に落ちてみない?サプライズでさぁ、ね、ね!」


舌打ちをした割には、何も言わずに歩き出すので、私も直ぐ様立ち上がり、その背中を追い掛ける。

スカートに付いた葉っぱは払い落とし終えており、上着を脱ぎながら話し掛けるが、獅子ヶ崎くんの両足が動くスピードが上がった。

さっさか、スタスタ、と歩いていく。


はしゃぐ私も、歩くスピードを上げる。

歩幅の分、小走りになるがこの際気にしない。

スタスタ、パタパタ、二人分の早い足音と「ねぇねぇ、獅子ヶ崎くん!」私の声。

それから「一人で死ね!」と獅子ヶ崎くんの罵倒が響いたけれど、私は今日も明日も、きっと生きている。

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