お悩み相談のティータイム
今日のエリスの不機嫌確率は60%、にわか雷雨の恐れもありますので心の傘は忘れずに。
なんて天気予報が聞こえてきそうな感じだった。
昨日よりはかなりマシだが、俺が困るとエリスの機嫌が直るのはどうしなのだろう?
女性は不思議な生き物すぎる。
「若いですねぇ」
「神官長さま・・・わたしは悩んでいるんですけど」
ポリポリとクッキーを囓りながら紅茶を飲んでいた聖樹神殿の長はのんびりと楽しそうに言った。
ジェニ神官長。
歳は六十歳を越えているらしいが、それよりか十歳は若く見える。
クッキーを囓る姿もなぜか上品に見え、それでいて体は引き締まっていた。昔は冒険者の治癒師で、かなり強かったと聞いている。神殿の中庭でよく戦棍を振り回すのが若さの秘訣だと笑いながらいうお茶目な神官長さま。
お茶目だがその実力はすごい。
神官長さまの実力は、やろうと思えば様々な生命や物質が自分から接触しようと感応しまくるらしい。普段は気が休まらないとかで魔力制御と魔力操作で閉じている。
魔力は水や風のように流動性があるだけではなく、電磁波のようにその物質や生命に合った周波数がある。それを上手く調整するとラジオみたく感応する。感応すると言うことはより魔法を自在に学び、習得できる。
回復魔法の使い手は、魔力が植物の周波数帯にある才能の持ち主。だから植物の再生力を学び、回復魔法を扱える。
俺は聖樹や植物と感応して回復魔法を扱う治療師
神官長は魔力制御の周波数が広く、珍しい才能の持ち主で五大元素魔導師。
超珍しいタイプは霊魂の周波数帯を扱う死霊魔導師など多種多様なタイプに分かれている。一般的には目に見えない物と周波数を合わせるものほど珍しくなる。霊魂とか空間とか重力とかだ。
周波数帯は持って生まれた資質に影響されるが、やろうと努力すればある程できるそうだ。しかし難易度と消費魔力が桁違いに上がり、あまりしようとする者はいない。僅かでもミスれば暴発するのだ。
と、そんな人に教えを請えて俺は幸せ者。
彼女は異世界に転生してから一番好きな人だ。
別に熟女好きとかではない。人として好きだという意味だ。
転生前の大学では女性の教授と一緒に研究していたので喋りやすいということもある。
「いいと思いますよ。寝込みを襲われるわけではないでしょう?」
襲われるとは、夜這いをかけられるのか、それとも暗殺で襲われるのかどちらなんだろ?
やっぱり暗殺か・・・夜這いなんて想像もできない。
俺は昼休みに神官長さまと優雅なティータイムをしている。
上の神官たちは雑用はしないが、俺やエリス、ほかの神官たちの何人かは神殿内を掃除していて、順番に神官長の執務室を掃除する役目が回ってくる。
下っ端の神官はそれをご褒美当番といい、密かに楽しみにしていのだ。
理由は掃除が終わればお菓子が食べられるから。
聖樹神殿は、一種の大病院みたいなところで、けが人を治す場所。
寄付と言う名の治療費をいただき、神殿は潤う。
怪我の多い鍛冶ギルドや冒険者ギルドはお菓子や貢ぎ物をたくさんして、緊急事態に備えている。神官長さまと俺が一緒に食べているのはそうした貢ぎ物で、砂糖や蜂蜜がたっぷりと入ったご褒美というわけだ。
神官長さまは、こうした時間を大切にして他の神官たちとコミュニケーションをとり、日々の悩みや相談をあれこれして神殿内の人間関係をコントロールする。
気取ったところもなく、話しやすい気さくな性格で本当にこの時間が楽しい。
俺が来てから三回のご褒美タイムがあった。それまでは俺が怒濤のごとく魔法について質問攻めにしたから神官長さまはその度に分厚い魔法書を用意してくれている。
今日もクッキーと紅茶が置かれたテーブルには魔法書の山ができていた。
昨日のエリスがご立腹事件がなければ魔法のことを色々と聞きたかったんだけど・・・。
いつの間にか俺の悩み事相談になっていた。
「それはないですけども・・・」
「なら平和ですね。知らない者同士が一緒に生活しているんだから、喧嘩もありますよ。あなたは自分のやり方で魔法を覚えればいいのです。魔法は感覚ですからエリスも自分が使えるのにシンが使えないことが焦れったいだけなのでしょう」
感覚・・・。
それが問題だ。
俺がイマイチうまく理解できないのは、どんなに有名な魔法書でも魔力操作を感覚的に書いていることだ。
魔力は見えない力。それを感じるのは魂という超感覚。
非科学的で非論理的。定量化は科学の必須事項だろ! せめて単位ぐらい設定しておけよ!
魔法は科学ではないので俺の心の叫びなど意味はないが。
一応これにも俺は当たりを付けている。
俺が大学で研究していた分野は脳科学。
だから超感覚という未知の感覚器が脳の新しい感覚野に刺激を与えていると考えている。
たとえば蝙蝠の超音波をいきなり使えるようになったらおそらくその人は上手く使いこなせない。今までになかった全く新しい感覚に戸惑い、脳の処理が追いつかないはずだ。
この世界の魔法使いはこの第六感覚器を小さい頃から感じているんだと思う。感応しなくとも無意識下で感じ取り、脳が処理をしているために魔法に目覚めても上手く扱える。
だが、この第六感覚器を初めて体験する俺は生まれたての赤ん坊のようなもの。
乳幼児が目を使えないのと同じで、魔力量の調整や制御ができない。
これがもどかしい。
赤ん坊は意思表示ができないから何をするかと言えば大声で泣く。
俺も泣いているようなものだ。魔力の大洪水で。
この考えの良いところはそのうちに慣れると思えること。
人の脳は一部の脳領域に損傷を受けると他の領域がその情報処理を担うことがある。この魔法の感覚器の場合、損傷ではなく新たな獲得、いわば俺が進化したような形になるので経過を観察しなければならないが、まず間違いなくその未知の活動をする脳領域かあるいは他の領域が学習し始める。
そうなればあとは俺の脳に任せるだけだ。俺は魔力の大洪水で泣きながら気絶してしまえば良い。気絶すればするほど脳はそれをダメだと判断して、上手く処理しようと最適化する。
気絶して目覚めた直後の疲労感は脳の情報処理過多が原因かも?
そうなると魔法や魔力ってなに?って深みにはまりそうだな。
普段の生活では極端な眠気や倦怠感はないので支障はない。妙に元気がいいところぐらいか。このハイな状態は新しい感覚で脳が刺激されている可能性だってある。
ただまぁ、このポジティブな考え方の欠点は結果が実感できない。
もうちょっと日々の頑張りが目に見えれば、もっと楽しいはずだと思うんだけど。
いつまでよちよち歩きもできない子供のままなんだろうか?
はぁ、と思わずため息がでる。
魔法の道も険しい。
「魔力操作がもう少しうまくいけばいいんですけど・・・もっとこう数値的なわかりやすい道具とかないんですか?」
俺がそういうといっぺんに神官長さまの顔が不機嫌になった。
「数値・・・。シン、あなたまでそんなこというのですか。私の楽しい時間で数字の話をしないでください。それ以上言うとお菓子はあげませんよ」
むくれた若い女の子みたいにふくれっ面で神官長さまがクッキーの籠を俺から遠ざけた。
思わず笑ってしまう。
「副神官長さまのことですか?」
「そうです。ローランは何かにつけて神殿の帳簿、帳簿とひな鳥のように追っかけてきますからね。大事なことはわかりますが、うるさくてかないません」
ばりばりとクッキーを親の仇のようにして食べる神官長さま。
俺がエリスに色々と言われているのと同じで、神官長さまは副神官長さまからよく小言を言われている。
正直、俺は副神官長のローランさまが好きではない。
かなり神官長さまには節度を持って小言を言うが、下っ端にはかなり横柄な態度をとる。掃除をしても窓枠を指でなぞり、ちょっとでもホコリが付いているとガミガミと嫌みをいってくるような人物だ。あと、お金にすごくうるさい。
ボスの人望が厚ければ、ナンバー2は嫌われ役。
というけど、そのナンバー2には黒い噂もあったりするのだ。
ま、神殿の運営に俺は関係ない。気楽なものだ。
「副神官長さまのことは置いておいて、魔力量を計る道具があれば魔法の精度は上がると思いますよ。こう手首に巻いて魔力と反応―――」
ん?
ちょっと待て。ちょっと待てよ。
たしか、魔法書の中で魔力に反応する物の記述があったような・・・。
「感応石のことですか?」
「それです!!」
思わず大声を出してしまった。
神官長は驚いて目を見開いている。
「なんですかいきなり大声を出して」
「感応石ですよ! あれがあれば魔力を計る道具が作れます!」
感応石は魔力を貯蔵し、保管する魔力石のなり損ないで銀よりも安い。
魔力石は魔道具を作る際に使われる貴重なものだが、感応石は魔力を保存する時間が極端に短く、大部分の魔力を光ることにかなり消費する。
だが、それは一定量を流し続ければ光続けるという特性をもつ石ということだ。しかも感応石は一定量の魔力量を吸収しなければ光らないという閾値がある。
イメージは腕時計。魔力は手のひらに集めて魔法を扱うので手元に巻けばより精確な量を計れる。異なった閾値の感応石を並べれば、まるでグラフのように光るかもしれない。
これはやってみる価値がある。
「シン? どうしたのですか? 黙り込んで」
俺が無言で考えていると、神官長さまが不安そうに俺を見ていた。
真剣に神官長さまの顔を見ながら前置きを置く。
「神官長さま・・・つかぬ事をお伺いしたいのですが」
「・・・嫌な予感がしますが、いいでしょう。言ってみなさい」
重要なことだ。
俺はなるべく身構えた彼女を圧倒するような雰囲気を出す。
「俺の給料ってありましたっけ?」
俺の質問にキョトンとした神官長は、
「はい?」
と少し間の抜けた相づちで聞いてきた。




