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回復魔法の訓練

「エリス・・・怒ってたなぁ・・・どうしたらいんですかね? ロシュピール様」


 なんとなくあの神様の顔を思い出しながら聖樹様に向かって独り言を言う。

 今朝の一件からエリスはえらく機嫌が悪くて、食事を作るのも食べるのも、掃除をするのも無言だった。


 転生前の人生で彼女ができたことがないので、非常に困る。

 女性の気持ちがまず分からない。それよりも論文のほうがずっと理解しやすいっていう奇特な性格だからな俺。


「まぁいいか。魔法が使えるようになったらいいわけだし」


 心にたまる人間関係という濃霧を払い、俺は絨毯の上で座禅を組む。


 今俺がいる場所は瞑想場。転生したときに目覚めたベストプレイスだ。いわば二度目に生まれた場所。空から光が降り注ぐ瞑想場の聖樹様は今日も素敵なマイナスイオンを漂わせていた。


 聖樹様と感応して、不思議で神秘的な感覚を味わいところだが、まずは魔力操作の練習をしなければならない。


 で、取り出したるは一枚の落ち葉。

 だが、そんじょそこらの落ち葉ではない。

 なぜなら、聖樹様の落ち葉なのだ。


 見た目は落ちて間もない青々としたただの木の葉。

 でも、実は落ちてから40年たった落ち葉なのである。


 普通の植物なら腐敗して何も残らないところだが、さすが神秘の聖樹様だけあって、四十年物の落ち葉でも若々しい。


 ウチの聖樹神殿の聖樹様というのは、まだまだ子供。たったの樹齢600年。シャングリラン大陸のどこかには樹齢数千万年にもなるご神木があるらしい。

 俺も本体を見たいが、ご神木を守るエルフ族なんてファンタジーチックな種族がいて、人族は近づけないとのこと。近づけないというよりかは、見つけられないが正しいか。


 だったらどうして聖樹神殿に苗木があるのか、と疑問が出てくる。


 それは500年前の歴史をさかのぼらなければならない。

 500年前に魔族(とりあえず攻撃してくる知的な魔物)と人族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族などの亜人族の連合国が大規模な戦争を起こし、そのときの同盟を結んだ証としてご神木の苗木が渡されたとのこと。ドワーフ族や獣人族たちはそのまま人族と交易を続けるが、エルフ族だけは聖域に引っ込んでご神木を守りつつ暮らしている。

 これが聖樹神殿の創設の歴史だ。


 そして本題に戻すが、俺のような低級治癒師はこの霊験あらたかな落ち葉を貸与される。

 聖樹様の落ち葉一枚で、低級治癒師の魔法習得の教材、魔法技術訓練などなどがいっぺんにできてしまう万能ツール。煎じて飲めば中級回復魔法になる薬草。


 とある魔法書には、聖樹様の葉で低級回復魔法、枝で中級回復魔法、幹で上級回復魔法が学べる教材。導師級や賢者級の回復魔法は現代に誰も習得していない魔法だとか。

 俺の予測は、根で導師級、ご神木本体で賢者級だろうとは当たりをつけていたりもするけど確証が得られない未知の魔法だ。ワクワクするな。

 

 で、これを使いどのように訓練を行うか、だ。


 ふーっと深呼吸をして、意識を呼吸に移し精神統一。瞑想段階へと偏移する。

 ある程度、リラックスしてくれば今度は手に持った聖樹様の葉に意識を移していく。


 魔法書の手順としては、はじわじわと手のひらの温かさを感じつつ、それが葉をゆっくりと包むように。葉に流れる魔力と感じて自分の魔力と重ね合わせる。


「周波数帯固定――感応開始(リンク)


 オリジナルの呪文でイメージを固める。


 ここからが俺の主観的な感覚。

 最初はぼやけたように何も感じないが、ラジオの周波数を合わせるように調整していくとうっすらと何かを感じる。

 それは葉の脈動、呼吸のようなものが微弱に、ほぼ平坦な三角波が頭の中にゆっくりと浸透していく。そのときに理解できるのは、この落ち葉がまだ生きているという実感。


 タイムスパンが非常に長大で、意識の中に無限にも思える平坦な鼓動が聞こえる。

 それを追っていくと、波形がより減衰関数的に小さくなるのが見える。


 これが死だ。この波形の先、およそ俺の人生ぐらいの長さの後、この落ち葉は死んでしまう。

 落ち葉がもつ驚異的な生命力とその死が迫る危機感で俺の精神が乱れ始めた。


 これが感応。落ち葉の死を感知し、どのようにすれば落ち葉が喜ぶかが分かる。

 この落ち葉は聖樹様本体と離れてしまい、魔力の供給が断たれて緩やかに死んでいく。 求めているのは自分に適合した魔力。


 ここから魔力操作の訓練。

 接続経路を形成し、魔力の源泉である俺の魂から調整した魔力を押し流す。

 イメージは簡単。でも実践は高難易度。


「魔力経路形成、魔力圧調整――接続開始(コネクト)


 葉脈に流れる水の流れを感覚して、その水に俺の魔力を馴染ませる。

 心の中に浮かび上がるのは、複雑な葉脈の回路。その回路に分厚い縄の魔力を細く細くして通す。


 元気になってくれ、と願いながら慎重に魔力を注ぎ込む。

 が、結果は電気ショックのように異常な魔力供給をしていしまい、落ち葉が苦しみの悲鳴をあげる。

 


「くっ・・・」


 じわりと額に汗をかく。

 魔力が出過ぎて止められない。落ち葉の葉脈に大量の魔力が流れ込み、ショートしてしまいそうになる。

 水圧が高い水まきホースのように暴れていく。

 それを操作しようと魔力量を調整するが、一度解放した魔力は、水道管が破裂したように止めどなく流出する。


 俺の魔力が底が見えるまで漏れる。

 落ち葉が悲鳴を上げる。


「あ・・・くっ・・・」


 だめだ・・・と思った瞬間にバチンとブレーカーが落ちるように意識が飛んだ。


 ◆


 気がつくと俺は絨毯の上で座禅を組みながら倒れていた。


「また失敗か・・・」


 誰もいない瞑想場で独りごちる。まだエリスが呼びにこないということはそこまで時間がたっていないはずだけど・・・気絶しているところを見られなくてよかった。


 体はいつものごとく疲れ切っている。

 肉体疲労はこの一ヶ月で慣れたもの。重い体を起こして、お腹の上にあった落ち葉を拾い上げた。


「ごめんよ・・・今日も無理させて」


 毎日毎日、この子も大変だ。でかい魔力を流し込まれて、疲弊している。

 俺が初歩的な感知を行い診断するとまた寿命が減っていた。


 ただの木の葉だけどこうも毎回感知して、その存在に触れると友達のように感じてしまうから不思議。

 

 だけどその友達を苦しませるなんて最悪だ。

 自己嫌悪に陥りそうになる。


 でもへこたれていては何も始まらない。

 反省して、改善のために考える。俺のもっとも得意なことは考えることだ。それ以外の能力は不要といってもいい。


 さきほど俺がしたのは、魔力の供給が切れた落ち葉に外部の電源を接続するようなもの。いわゆる魔法ではない。ただ俺が充電しているにすぎないのだ。

 聖樹様の落ち葉は元々優秀な自己保存の魔法が起動している。これは一種のスリープ状態の携帯電話みたいなもので、時間と共に充電切れとなる。充電切れは十年以上さきだけど。


 俺の場合は電圧が高すぎて、その自己保存の魔法を壊しそうになっているのが現状。


 どうにかしなければならないんだが・・・。

 でもこれが一番修行になるって書いてあったからなぁ。


「少しおさらいするか」


 頭の中を整理するように魔法技術のリストアップする。


 大まかに分けて魔法は『魔法習得度(感応率)』『魔力量』『魔力操作』『魔力制御』『魔法干渉強度』の五大基本項目に分けられている。


 はじめにありきの『魔法習得度』とは魂が世界と感応(リンク)する技術だ。

 これがないと魔法はつかえない。使えないどころか魔力すら理解できない感覚器のようなもの。目がない生物に光のことを説明してもよくわからないはずだ。

 感応率が高くなれば世界の知識を吸い上げることができ、より高度で多様な魔法を覚える。

 ま、覚えても上手く扱えないのでは意味がない。


 世界と感応できるようになったら必然的に体内の魔力が世界に漏れている。


 二つ目の『魔力量』は魔力の多さ。

 悲しいことに俺はこの魔力量だけは桁違いに大きいが、魔力を正しく使えないと意味はないし、俺が神殿のどこにいても感知されるそうでプライベートがある気がしない。

 垂れ流しだそうだ。


 そこで重要になってくるのがあとの三つ。


 『魔力操作』は自然放出する魔力の量を操作し、自然消滅する魔力を失わないように調整する機能や魔法を使うときの魔方陣と呼ばれる魔法回路の形成で必要になる。魔方陣のベース構造の組み上げ、魔法の現出場所の指定、適度な魔力流量を調整する。


 『魔法制御』は魔力の質を変化させ、よりロスがなく効率的に魔法回路に魔力を流すための技術であるのと、魔法習得の際に物体と感応するための周波数制御のような働きもある。

 生命や無機物、この世界に存在するあらゆるものに魔力が宿り、それぞれの魔力の質を持っているので上手く制御すると他の系統の魔法も習得できるようになる。


 『魔法干渉強度』は強ければ強いほどよりあり得ない現象を引き起こせる。魔法や魔力は本来、世界の常識と相反する力なので強度が足りなければ打ち消されてしまう。ほかにも、魔法の持続力を高める効果があり、魔道具職人なんかはこの技術がないとすぐにガラクタになる。いわば、世界に魔法を焼き付ける力だ。

 あと、俺が荒縄で作ったような無茶苦茶な魔法回路を組んでも魔法が発動してしまう。

 この魔法干渉強度がベテランの治癒師なみに高いからだそうだ。

 魔力量といい、魔法干渉強度といい力業に頼ってると言える。


 以上の項目が魔法技術になる。

 この五つは相互作用があり、一つが高ければそれにつられて他も伸び易いらしいが・・・この一ヶ月でそんな気配は微塵にもない。

 まあ魔力量と魔法習得度以外は一つあげるのに三年から十年かかる代物で、限界もある。多くの魔法使いが上級にはなれないように。ほとんどは低級から中級の間。


 低級の回復魔法も使えない見習い神官をいつまでも神殿が放っておくわけもない。

 いわば三年ぐらいでなんとか低級を使えるようにならないとダメなのだ。

 三年は長いと思うが、俺には転生前の研究を続けるという目的があったりする。早いところ低級回復魔法を覚え、それを活かしたい。


 それにはまず最初の課題で『魔力操作』をどうにかしないといけない。

 しかし、ちょっと解放するだけで水道管が破裂したような噴水を巻き上げる魔力をどうしろというのだ・・・。


 またネガティブに思考か傾いていく。

 と、思ったらかなり疲労がとれていた。


 ま、もういっちょ気絶でもしようか。

 そう軽く考えて俺はまた魔力操作の訓練に集中した。


 結果はやはり気絶。しかもエリスに見つかってため息をつかれた。


 どうするかなぁ。


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