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パラサイト戦記  作者: 五月雨拳人
第三章 収束する意思
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第九十八話 冬支度

 俺たちの領地は、北の領地ほどではないが冬になると雪が積もる。滅多に降らないし、降ってもほとんど積もる事はないが、だからと言って備えないわけにもいかない。嘗めてかかっていいほど自然は優しくないのだ。

 こうしてゼンが去った寂しさを噛みしめる間もなく、俺たちは冬支度に追われるようになった。


 まず何よりも優先するのは食料だ。刈り入れした作物を来年蒔く分だけ除き、残りは保存が利く状態に加工する。臼でけるものは碾いて粉にして保存場所を節約し、肉は塩漬けや干し肉にする。村人総出の作業で、男たちは臼を回し、女たちは肉を加工した。

 食料が確保できれば次は燃料だ。薪は冬の間取りに行けない老人や子供の多い家に優先的に回す。人間メシと暖があれば早々死ぬ事はないからな。

 薪確保のために俺とコングは村の男衆に混じって山に入った。年季の入った木こりのオヤジが切ってもいい木を指示すると、男たちが手に持った斧やノコを懸命に振るう。

 山中に斧とノコの音が響く頃、ようやく俺の番が来た。

「そいじゃ領主様、この木切ってくんなせ」

 オヤジが指したのは、両手を目一杯広げても抱えきれないほどの太さをした幹の、立派な大木だった。

「わかった」

「あれ? 領主様、道具持って来なさらんかったんかい?」

「いや、こいつで充分だ」

 そう言って俺は腰に挿した剣を左手で軽く持ち上げて見せる。するとオヤジは慌てて突き出した両手を振る。

「冗談言っちゃいけね。こんだけ太え木そっただ剣で切れっこねえ。剣が折れちまうだけでさあ」

 止めるオヤジの言葉が終わる前に、俺は剣を抜き放つ。剣が木漏れ日を反射して一瞬だけオヤジの目をくらませ、瞬きする間に俺の剣は鞘に収まっていた。

「領主様、悪りこた言わね。木ぃ切るなら斧さ使ってくだせえ」

「もう切れてるぞ」

「へ?」

 俺が木を軽く押すと根本に切れ目が斜めに走り、滑るようにして倒れていった。張り出した枝が周囲に生えた木の枝に当たり、めきめきと音を立てる。

 その音で正気に返ったオヤジが慌てて叫んだ。

「たたた、たーおれーるぞー!」

 オヤジの叫び声に、俺たちの周囲で木を切っていた男たちが慌てて木の倒れる先から避難する。しまった、倒す方向を考えていなかった。

 倒れる木。逃げ惑う領民。あ、これヤバいやつだ。みんな、逃げて。

 しかし俺の祈りは天に届かず、一人の男がこけて逃げ遅れた。迫る大木に男は観念したように頭を両手で庇うが、どう見てもそんな事では防げそうになかった。

 どしんと巨木が倒れる音と振動がした。ああ何てこった。俺の軽はずみな行動で一人の男の命を奪ってしまった。

 男は何歳だろう。家族はいるのだろうか。いたら今後の生活の保証はちゃんとしてやらないとなどと考えていると、

「おいおい、危ねーじゃねーか気をつけろよ」

 木の下から男臭い声がした。

 見れば、男と木の間にコングが割って入り、見事に大木を受け止めていた。相変わらずでたらめな怪力だが、今回ばかりはそれに救われた。

「よっと……」

 コングが木を地面に落とす。山が揺れるほどの振動に、鳥たちが驚いて一斉に木々から飛び立った。

「大丈夫か、コング」

 慌てて俺が駆け寄ると、コングは完全に腰を抜かした男に手を貸して立たせていた。

「すまん、俺の不注意だった」

「まったくだ。俺じゃなかったら死んでたぞ」

 さすがに今回ばかりはコングも本気で叱り、俺も真剣に反省した。

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