第九十七話 さらばゼン
結局、虫もヒトと同じく善悪で二元化できないという結論に至った。
しかし最強の生物を目指す限り、本能的に戦いを求めるという点では俺も山賊の頭領も一致している。恐らく他の兄弟たちも多かれ少なかれそうだろう。
何より、俺もゼンも他の虫に会った例が少なすぎる。これでは統計どころか平均も取れず、何かを判断するには情報がまるで足りなかった。
「つまり、実際に会って自分の目で確かめるまでは何もわからないという事か」
「性質的に争いを好むようですから、そういう噂のある場所に行けば会える確率は増えると思いますよ」
「じゃあこうやって戦い続けていると、向こうから集まってくるかもしれないな」
「ああ、それは良い案ですね」
虫を持つ者は、他の虫を感じ取る事ができる。そして虫を見つけるなら、争いの中を探すのが一番手っ取り早い。
「では拙僧はこれからも傭兵として色々な戦場を渡り歩き、他の虫を探すとしましょう」
ゼンは神より与えられた試練を果たすための方向性が決まり、晴れ晴れとした顔で言った。俺にとってはライバルと言うか天敵のような存在になってしまったが、不思議と厭な感じはしなかった。むしろ、またどこかの戦場で会えるかもしれないという期待のほうが強かった。
「スレイ殿はこれからどうされますか?」
俺は考える。このままゼンのように、世界各地の戦場を渡り歩けば他の虫を見つけて倒す事もできるかもしれない。そうすれば最強の生物になるという俺の目的も早く叶うだろう。
だが、
「俺はこの領地と領民を守らなきゃならん。だから当分ここから動く気は無いな」
きっぱりとそう言い切ると、ゼンは少し意外そうな顔で俺を見た後、
「そうですか。そうですね」
何故か嬉しそうに細い目をさらに細めた。
翌朝。
「それでは拙僧はこれにて」
ゼンは報酬を受け取ると、驚くほど呆気なくここを出て行くと言った。
「世界にはまだ紛争や魔物と戦っている者が大勢います。微力ながら拙僧の力を役立てるために、次なる戦場へと向かいます」
「それはそれは……大変ご立派なお考えだと思います」
完全にゼンの言葉を信じているホーリーは、涙目になりながら弁当を手渡す。
「これ、途中で食べて下さいね。急な出立なんで、あんまり凝ったものは用意できませんでしたが」
「いやいや、これはかたじけない。ホーリー殿も、どうかお元気で」
「道中の無事を祈ってるよ」
「身体に気をつけてな」
「ルーン殿もコング殿も、お達者で」
それぞれ別れの挨拶を済まし、最後にゼンは俺に向く。
「傭兵として来ながら戦の終わりを見ずに発つ不義理、何とぞお許しいただきたい」
「いや、ゼンが教えてくれた戦法のおかげで、前回はほとんどこちらの損害が出なかった。敵があれの打開策を見つけるのにはまだまだ時間がかかりそうだし、報酬以上の事をやってくれたよ」
「そう言っていただけるとありがたい」
「それで、次に行くあてはあるのか?」
「そうさなあ、」とゼンは中の虫にお伺いを立てるかのように額を指でつつく。
「北はそろそろ寒くなるので、暖かい南に向かおうと思います」
「そうか。まあ縁があったらまた会おう」
「では、拙僧はこれにて」
背を向け歩き出すゼン。
ホーリーたちは名残惜しそうに、村から去って行くゼンの後ろ姿に手を振り続けた。
もうすぐ冬がやって来る。




