第九十三話 全隊進め!
敵も思ったほど馬鹿じゃないようで、こちらの弱点を一発で見抜いてきた。
騎馬の第二陣は出て来ると同時にふた手に別れ、左右から挟み撃ちにしようと回り込んできた。
しかし、こちらだって見えてる弱点を放置したまま戦場に出るほど馬鹿ではない。敵が正面以外から攻めて来た時のための対策は、ちゃんとしてある。
「たーいれーつ、かわれー!」
ゼンの号令によって、それまで横一列だった隊列がじょじょに組み変わっていく。領民たちはこれまで訓練した通り、決められた自分たちの持ち場に向かってゆっくりと、だが着実に移動する。
そうして組み変わった隊列は四角形となり、槍の先は前後左右全てのほうを向いていた。
「なにっ!?」
目の前で槍が自分たちのほうを向き、敵の騎馬たちに動揺が走る。だが一度駆け出した馬を止めるか行くか、一瞬の判断のうちに長い槍の攻撃範囲内に入ってしまっていた。
今度はゼンの号令はかからない。代わりに戦場に甲高い笛の音が鳴り響くと、右側に並んだ領民たちが槍を振り下ろした。
たちまち槍頭が鎧や兜を叩き、金属音に敵や馬の悲鳴がかき消える。
今度は太鼓の音が響き、左側の領民たちが槍を振り下ろす。こうして楽器を使い分け、前後左右全ての領民たちに指示を出していた。おかげで今のゼンは口には笛、両手にはバチ。そして首には三種類の太鼓をぶら下げているという、さながら大道芸人のような姿だった。
どんぴーどんどん、とゼンの大活躍によって、領民たちの振り下ろす槍に死角はなくなった。敵がどんなに頑張って前後左右に回り込もうと、ゼンの合図ひとつで完璧に対応されてしまう。
一度ならず複数の箇所を同時に攻めてきたが、これも全て撃退した。ゼンはこの戦が終わったら大道芸人として食っていけるかもしれない。
だがこうなると敵もどう攻めたものか考えあぐねたようで、開始当初の勢いはすっかり失くして消極的になってしまった。
このままだと膠着状態なるところだが、兵糧その他準備万端の向こうと違ってこちらは戦に時間をかけていられない。なのでここは一気に勝負をかけさせてもらう。
「ぜんたーい、すすめー!!」
この機を逃すまいと、笛が口から飛ぶ勢いでゼンが叫ぶ。すると領民たちは四角形の陣形を少しも乱す事なく、前進を始めた。
「なにっ!」
そりゃ敵も驚くだろう。俺だって驚いたさ。ただでさえ奇抜な作戦に奇妙な陣形。それがゆっくりではあるが自分たちの陣地に向かって歩いてくるんだから。
持久戦に持ち込むつもりだった敵も、これには慌てようだ。何とか自陣に入られる前にどうにかしようと焦って攻撃を繰り返し、その度に槍の雨に打たれて被害を増やしている。
そして敵陣近くまで到達してしまえば、あとはこっちのものだ。ゼンの合図で俺たちが飛び出し、一気に馬で敵陣内へと切り込んだ。
そうして今度はきっちり敵将をぶっ殺し、今回の戦も俺たちの勝利で終わった。




