第九話 個の限界
次の身体は、狼だった。
暗い洞窟の中で目を覚ます。周囲には無数の狼の気配。暗くて見えはしないが、寝息が雑多に入り乱れ、それに何より匂いでわかる。熊の鼻も敏感だったが、狼のはそれとは比べ物にならないくらい利く。
俺が目を覚ましたのを察知したのか、周囲の狼たちも目を覚ます。耳を立て、音を聞くと同時に空気の匂いで危険を嗅ぎ分ける。
立ち上がると、釣られるように他の狼たちも一斉に立ち上がった。そしてお互いに鼻を身体に突きつけて匂いを嗅ぎ合う。
何をしているのかと戸惑っていると、数匹の狼が俺に近づいてきた。
狼たちは何も言わずに、ただ俺の身体の匂いを嗅ぐ。逆らわずにただされるがままにしていると、尻の穴まで匂いを嗅がれた。
気が済んだのか、俺の匂いを嗅ぎ終わった狼の一匹が、俺に身体を向ける。どうやら今度は自分の匂いを嗅げという事のようだ。
他の狼を真似て、匂いを嗅ぐ。するとどうだろう。鼻の奥から脳に向けて、情報の塊が突き抜けるように通り過ぎていった。
なるほど。こういう事か。
狼は、情報のほとんどを嗅覚に依存している。視覚や聴覚はおまけのようなものだ――と言うと言い過ぎだが、匂いを嗅げばたいていの事がわかるのは事実だ。
狼たちは匂いで互いを認識し、仲間かそうでないかを見分ける。そうして集団を形成し、大きな獲物を狩ったり他の群れや動物から自分たちを守る。群れる事によって、弱い者でも生き残る事ができるのだ。
そしてその群れという数の力に、俺は負けたのだというのを思い出した。
熊という強靭な肉体を失ったのは惜しいが、これは結果的に良い経験をしたのかもしれない。
俺の中で、最強の定義が変わりつつあった。