第八十五話 武僧ゼン
自分たちの領地に戻った俺たちは、旅の疲れを取る間も惜しんで次の戦に向けて作戦会議を開いた。
バロンの治める北の領地との同盟が否決だったため、何か別の策を考える必要があった。
北の領地との往復をしたおかげで、季節が変わりつつある。畑の実りもじきに盛りを迎え、そうなれば一斉に刈り入れが始まるだろう。
そして刈り入れが終われば、戦が始まる。
その前にどうにかして、敵の猛攻を防ぐ手立てを考えなければならない。
時間はほとんど無い。だから大規模な作戦や領民たちを訓練する事はできない。
参ったな。
結構詰んでるぜ……。
このまま次の戦を迎えてしまうのか。そう半ば諦めかけていた俺たちの前に、その男が現れた。
「ゼンと申します」
昼も過ぎた頃、領民から報告があって俺とコングが村の入り口に駆けつけると、その男――ゼンはよく通る声でそう言った。
「何者だ?」
「何の変哲もない旅の僧侶でございます」
「そういうのは自分では言わないんだよ」
コングが露骨に疑いの目を向けるが、ゼンの表情は細い目を笑みの形にしたままお面のように動かない。
背は高く、長い黒髪をまとめて後ろで結わえており、僧侶にしとくのは勿体ない優男だ。着ているのは僧衣ではなく革鎧で、しかも相当使い込んで皮膚みたいになっている。武器になる物は見当たらないが、鋼鉄の手甲と具足をしているのが気になった。
それに何だろう。この男を見ていると、頭の中――つまり俺自身にちくちくと何かが刺さるような感じがする。この感覚はたしか最近あったような気がする。
「で、その旅の僧侶がどういった用件でこの村に来たんだ?」
「はい。この村は最近敵国との戦があったと聞きました。そしてまた近々その敵が攻めて来るとも。ですから、拙僧は先の戦で亡くなった者の供養と、これから起こる戦への助力をしに馳せ参じた次第」
「ん? 何だって?」
コングが聞き返すのはわかる。俺も一瞬耳を疑った。坊主が死者の弔いをするのはわかる。だがその後の、戦への助力ってのは何だ?
「端的に申すと、拙僧を傭兵として雇っていただきたい」
「はあ?」
「こう見えて拙僧は戦上手ゆえ、そこの大男よりは良い仕事をすると思いますよ」
「ンだとてめえ。ケンカ売ってるのか?」
「売ったと言えば、買っていただけますかな?」
ゼンが口許を緩めると、コングはそれを挑発と受け取ったのか、
「買った!!」
間髪入れずに買いつけた。
ゼンは確かに長身で体格もいい。だがコングと比べるとオーガとエルフくらい違う。腕の太さなんて、倍以上違うぞ。
これはさすがに止めないと拙いような気がするが、俺がやめろと言うよりも早く、ゼンは「大丈夫ですよ、ケガはさせませんので」と余裕を見せる。
それがまたコングを熱くさせ、奴もまた俺に「いいかスレイ、絶対止めるなよ」と念を押してくる。
相手が軽装で武器を持っていないせいか、コングも鎧を脱いで素手で構える。だがコングの馬鹿力の前では、素手だろうと関係ない。拳が当たれば死ぬし、捕まって締められれば死ぬ。そして投げられても死ぬ。一対一の喧嘩なら、基本は身体の大きいほうが有利なのだ。
この勝負、ゼンに勝ち目は無い。
そう思っていた俺の考えは、次の瞬間否定された。




