第八十二話 ああ、バロン
山賊の残党を縛っているコングの他に、バロンたちを見つけた。どうやらいいタイミングで駆けつけてくれたおかげで、山賊たちの投降が速やかだったと見える。
だが逆に、自分たちはまったく危険を冒さずに済む最高のタイミングで駆けつけた、とも言える。どちらにしろ、食えない男だ。
「おお、よくぞご無事で」
俺に気づいたバロンが、後を部下に任せてこちらにやって来る。拙いな……。この顔面が空洞になった死体を見て、果たして山賊の頭領を倒したと認めてくれるだろうか。コングの言う通り証拠にならないと見なされ、約束は無かった事にされそうだ。
「やや。その馬に乗ったのは、もしかして山賊の親玉ですかな?」
「あ、」
やだ、見ちゃダメ。俺が止める間もなく、バロンは頭領の死体へと駆け寄り、ご尊顔を拝見とばかりに顔を見た。そして見た瞬間、「う、」と呻くとよろめくように数歩下がり、回れ右をすると、
「おええええええええええええっ」
盛大に嘔吐した。
部下に背中をさすられながら、滝のように胃の中の物を全部吐き出すバロン。ようやく落ち着いたと思ったら、涙目でこちらを見て恥ずかしそうに言う。
「これは失礼……。恥ずかしながら、死体を見るのに慣れてなくてな」
「それは意外だな。小競り合いの多い国境沿いの領主をやってりゃ、厭でも死体を目にするだろ」
「冒険者をしていたというそなたなら、もう言わずとも見抜いておるであろう。
ご想像の通り、私は名ばかりの領主よ。戦に出た事はおろか、人を斬った事も――いや、剣を抜いて人に向けた事すらも無い臆病者である」
なるほど。どうもバロンに違和感があると思っていたら、正体はこれだったのか。
この男からは血の臭いがしないのだ。
どうりで鎧を着慣れてないと思ったら、何の事はない、バロンは剣がからっきしなのだ。おまけに死体を見ると吐くくらい気が弱いとくれば、危なっかしくて戦場になんか出せるはずもない。
ただその身なりや物腰から察するに地位が高い家に生まれたのは間違いないから、きっとどっかの貴族のぼんぼんってところだろう。護衛の質が高いのもそのせいだ。
そんな貴族の坊っちゃんがいい歳になってもこの体たらくとなれば、どう考えてもお家の恥。大方鍛え直すつもりでこんな小競り合いの頻発する領地に飛ばされたんだろうが、残念ながら効果はほとんどなさそうだ。
「本来なら我が領地に出た山賊の始末も、領主たる私が率先してしなければならぬ務め。だが知っての通りこのザマゆえ、戦いに出ると思うだけで足が震える始末」
「だったらそこのお供たちを使えば良かったんじゃないのか? 見たところ、あんたよりよっぽど腕が立つだろう」
「貴様っ!」
俺の言葉にカチンと来た部下を、バロンが「よい」と制す。
「そうしたいのは山々だが、この者たちはいざ敵が攻めて来た時、私に代わって領地を守らねばならぬゆえ、そう簡単に動かすわけにはいかぬのだ」
「あんたは本当にお飾りの領主なんだな」
「おい!」
いきなりコングが手の甲で俺の胸を叩いた。馬鹿力なので鎧越しでも結構痛い。
「何だよコング、痛いじゃないか」
「お前ちょっとは言葉を選べよ……」
俺とコングのやり取りを見て、バロンが可笑しそうに笑う。
「まさにその通り。そうもはっきり言われてしまうと言い返す言葉も無い。なので今さらこう申すのも気が引けるのだが」
そこでバロンの顔から笑みが消え、声が低く重くなる。
「同盟の件、謹んでお断りさせて頂く」




