第七十七話 山賊戦①
コングの馬鹿が先走ったせいで、山賊たちは一気に戦闘モードに入った。
「何だてめえらオラァ! ただの行商人じゃねえなオラァ!」
「どういうつもりだオラァ!」
「ンのかオラァ! しゃあっぞオラァ!」
威勢のいい声を張り上げながらも、山賊たちは武器を抜いたまま俺たちを取り囲んで、ぐるぐると周りを回るだけだった。
ああ、こいつら自分の頭で判断できないんだな。そう思って山賊を観察していると、
「なあ~にチンタラやってんだコラァ」
明らかに雰囲気の違う男が出て来た。男は、見える部分では他の山賊と大差はない。だが男が放つ気配というか匂いというか、醸し出す空気に常人とは違う何かを感じた。
男が焦点の定まっていない目を向けると、それだけで山賊たちが縮み上がる。
「さっさと殺して荷物を奪え。仕事は迅速にっていつも言ってるだろ~。殺されてえか」
「へ、へい……ですがお頭、こいつら無駄な抵抗をしやがりまして――」
山賊の言い訳はそこで止まった。言い終わるよりも早く、頭領が抜き放った一刀が男の目と眉の間を通り抜けていたからだ。
「ひょ…………」と空気が漏れたような声を出して、斬られた男の両目が上を向いて白目になる。遅れて開いた頭部から血が溢れ出した。
額が輪切りになった男が、力なく馬から落ちる。地面に横倒しになると、残った脳ミソがこぼれ出た。
「言い訳してんじゃねえよ。殺すぞ」
言ってから頭領は倒れた男を見て、
「あ、もう殺してた」
今気づいたように言った。
虫ケラみたいに殺された仲間を見て、他の山賊たちが目に見えて怖気づいた。何だこいつら、仲間じゃないのか。それともただ恐怖で支配されているだけか。
「あン? ンだこいつら? ただの行商人じゃねえな……。ははぁん、お前らこの辺の領主に雇われた冒険者だな」
頭領は俺たちを一瞥すると、一発で正体を見抜いた。まあコングを見て、カタギの人間だと思うほうが少ないだろうが。
視線が俺の所で止まる。
「お前――」
頭領は何か言おうとするが、にやりと笑って飲み込むと、代わりに手下への叱責を吐き出した。
「なにぼーっとしてんだ! 冒険者っつってもたった四人だろ。とっとと囲んでフクロにしちまえ!」
頭領の命令が下ると、山賊たちの動きから迷いが消えた。それまでの間抜けぶりが嘘のような統率された動きで、俺たちを囲いにかかる。
バロンたちが加勢に来るにはまだ時間があるが仕方がない。俺たちは用がなくなった商人の仮装を脱ぎ捨て、戦闘態勢に入った。
「ぬおおっ!」
コングが馬車の床に敷いてあった盾を引き抜き地面に立てると、それだけで巨大な鋼鉄の要塞が出来上がる。山賊数人がかりで剣を振るってもびくともしない、まさに鉄壁の防御だ。
盾の加護の下、ルーンが魔法の詠唱に入る。普段毒を吐いている口から出てるとは思えない、鈴を鳴らしたような音色の詠唱は、聴いているだけなら天使の歌声だ。だがそこから紡がれる魔法は、自然の理や人智を超えた現象を起こす。
呪文詠唱の完了とともに、ルーンの持つ杖から人の頭ほどの大きさの火の球が六つ現れた。火球は物凄い速度で飛び出すと、それぞれが山賊にぶち当たり火だるまにしていった。
即死した山賊は運がいい。下手に躱したり防いだ奴は身体に火が燃え移り、消せない魔法の火によって生きたまま焼かれる苦痛を味わって死んでいった。
火球が命中して胸に風穴を開けられて燃えていく山賊の姿に、俺の記憶が掘り起こされる。
かつてゴブリンだった頃の、あの時の記憶。
部下たちが死んでいった、あの記憶。
「う…………」
締めつけるような痛みに、思わず唸る。
やはり、忘れられそうにない。




