第七十六話 山賊来襲
どれくらい進んだだろう。夜の森はどこを見ても同じ景色だし、空を見上げても木の枝に隠されて星も見えない。時間と距離の感覚が麻痺しかけた頃、
「来た」
ルーンが長い耳を震わせ、呟いた。
最初に襲って来たのは、矢だった。
空気を切り裂く音がしたかと思うと、馬車の梁に矢が連続して数本突き立った。馬が驚いていななき、前足を跳ね上げて暴れる。
「どう、どう!」
俺が手綱を引いてどうにか馬を落ち着かせている間に、闇の中から数体の騎馬がこちらに向かって駆けて来た。矢でこちらの足を止め、その隙に囲む。よくある手だが、足止めから囲むまでが早い。これは油断できない相手かもしれない。
闇から現れたのは、鞍のない土馬に跨り、統率感の無い汚い革鎧に身を包んだ、どう見ても頭と懐が満たされていなさそうな、いかにもな山賊だった。
山賊たちは俺たちが旅の商人だと思い込み、やたら奇声を上げながら威嚇してくる。その姿があまりにも滑稽で笑いそうになるが、今の俺たちはか弱き商人という設定なので怯えたフリをしなければならない。
「オラァ! お前ら大人しくオラァ!」
「てめえオラァ! この野郎てめえ! オラァ!」
「オラアアアアアアアアアアア!!」
オラオラうっせえよ……。ゴブリンよりも頭悪いだろお前ら、と思うほど同じような語彙の威嚇に、ルーンとホーリが必死に笑いを堪えている。まあその姿が怯えて震えているように見えているから良しとするか。
おっと、二人にばかり芝居を任せていられない。俺もなるべく怯えたふりをしなければ。まだ山賊の頭領も出て来てないし、バロンたちが追いつく時間を稼がないとな。
「オラァ! 降りろオラァ!」
山賊の一人が俺に剣を突きつけて凄む。
「ひぃ……お、お助けぇ。命だけは、命だけはどうか……」
我ながら名演技だ。俺が怯えながら馬車から降りると、山賊は次に馬車の荷台へと向かう。
「おうコラァ! お前らも降りろオラァ!」
山賊の怒鳴り声に、ルーンとホーリーはすっかり怯えて動けない――わけではなく、動いてしまうと後ろにコングを隠しているのがバレるから、怯えて動けないふりをしているだけなのだ。
「この野郎! 言われた通りさっさと降りろオラァ!」
だがそんな時間稼ぎが気の短い山賊に通じるはずもなく、男は二人を荷台から引きずり出そうと乗り込んできた。
「なんだお前ら、女二人か。お? こっちの女はエルフっぽいな。へへ、こいつは殺す前に楽しめそうだ」
男が下卑た笑みを浮かべながら、爪垢だらけの汚い手を二人に伸ばしたその時、
「げぉ……」
男は絞め殺された鶏のような声を出して固まった。
「あ~窮屈だった」
見れば、ルーンとホーリーの間から、コングの丸太よりも太い腕が伸びて男の顔面を鷲掴みにしていた。
コングは男を掴んだまま立ち上がるが、すぐに頭が馬車の屋根に当たった。仕方なく中腰のまま「せ~の」と横投げの構えで振りかぶると、片腕だけで男を馬車の外に放り投げた。
男は小石みたいに一直線に宙を飛び、ランタンの光の届かない闇の中で木にぶつかったのが音でわかった。
「あの馬鹿……」
俺は片手で額を覆う。まだ早いだろ。
仲間が飛んで行くのを見て、山賊たちの動きが止まる。
だがそれは、ほんの僅かな時間だけだった。
夜の森に、刃物を抜く音が一斉に響く。




