第七十五話 夜の山道
バロンの部下が用意した馬車に、商人に変装した俺たちが乗り込んだ。
時刻は夕方。あといくらもしないうちに、太陽は山の向こうに消えて夜が来る。こんな時間に山道を行こうって馬鹿は山賊に襲われても文句は言えないが、俺たちはその山賊に用があるので問題無い。むしろ絶好の山賊狩り日和だ。
身体がでか過ぎて商人に見えないコングは布を被せて荷台に乗せ、ホーリーとルーンが挟んで隠す。さてそろそろ行くか。俺は手綱を握ると、バロンに声をかけた。
「あんたたちは充分に離れて着いて来てくれ。あんまり大所帯だと、向こうも警戒するからな」
「心得た。だが相手は数もわからぬ非道な山賊。決して無理はせぬように」
「わかってる。そっちもあまり離れ過ぎて、いざって時に間に合わないって事がないようにしてくれよ」
俺が冗談交じりに言うと、バロンはお愛想よりも少しばかり多めに笑ってくれた。
夜の森の中を、馬車に吊るしたランタンの頼りない灯りで照らしながら進む。
ランタンのぼんやりとした光で木々を照らすと、同じだけぼんやりとした影ができて森を薄気味悪くしてくれる。
だく足よりも遅く進む馬車の上で、俺はバロンとのやり取りをぼんやりと思い出していた。
『それにしても、襲った獲物は全て鏖とは、山賊ってのは物騒だな』
『そこが解せぬのだ』
『どういう事だ?』
『ここは山に囲まれ、冬は雪に埋まる過酷な土地。それ故に人々は結束が強く、互いに助け合って生きている。それは、山賊とて同じだったのだ』
『山賊も? どういう意味だ?』
『こう山に囲まれた土地だ。山賊が出るのは、何も今が初めての事ではない。私が領主になるずっと以前からも、そしてなってからも幾度となく出現し、そして戦ってきた。だが、彼らは必要以上には盗らぬし、ましてや不必要に殺さぬ。大人しく金品さえ渡せば、それ以上手荒な事はせずに行かせていた』
『取り過ぎず、殺し過ぎずか。野生の獣と同じだな。だが、それが最近になって変わった、と』
『左様。襲った相手から身ぐるみどころか命まで取りよる。まるで奪い殺すのを愉しむかのように。なんたる非道よ』
あれでは獣にも劣る。そう吐き捨てるように言ったバロンの言葉が、俺の胸に棘となって刺さっていた。
思い出す。
俺自身が、かつて力に溺れてしくじった事を。
自分の力を見誤り、不必要に奪い殺していたあの頃を。
もしかしたら山賊も、あの頃の俺と同じなのかもしれない。
まさか……な。
俺は頭を振って妙な考えを散らし、手綱を握り直した。




