第七十四話 高潔な男
そこからしばらく無言が続いた。まるで、俺たちがどうやってこの話を断ろうか考えていると思われそうな、気まずい沈黙だった。
だから相手が完全にそう思い込む前に、俺は言った。
「数もわからない。どこから襲って来るのかもわからない。こいつは厄介な相手だ」
消極的に取れる俺の意見に、バロンはやっぱりという顔で溜息をつきかける。だがその吐息が口から出る前に、俺は仲間たちに向けて問う。
「お前らなら、どう叩く?」
「え……?」
驚くバロンとその部下たち。そして対称的に、待ってましたとばかりに口許を緩めるコング。またか、と言った感じに口をねじ曲げるルーン。そして常に笑顔のホーリー。
「そうだな。俺なら待ち伏せか、商隊の護衛に化けて山賊をおびき出すかな」
コングが巨体を揺さぶりながら言う。囮というのは悪くはない案だ。だが問題がある。
「こっちには山賊が出るまでのんびり待ってる時間も、危険な囮を買って出てくれる奇特な商隊の当ても無いぞ」
「そうか。じゃあ俺たちが囮になって山賊をおびき出すってのはどうだ?」
「そうだな。それしかないだろうな」
俺がコングの答え合わせをしてやると、ルーンが諦めたような声を出した。
「わちゃ~、やっぱりそうなると思った……」
「ま、スレイだし当然よね」
そしてそれを慰めるホーリー。いや、慰めてるのかそれ?
「それじゃあ決まりだ。必要なのは、そうだな、馬車と適当に荷を積んだ荷車。後は旅の商人に見えるような服ってところか」
作戦という大きな流れが決まると、残りもさくさく決まっていく。当然だ。ここに時間をかけるようでは、冒険者は務まらない。ぐずぐず作戦を練っているうちに、美味しい仕事を他の冒険者に横取りされるからな。
「よし、必要な物は決まったな」
バロンたちのほうを振り返ると、彼は面食らったような顔でこっちを見ていた。
「――という訳だ。すまんが急いで用意してもらえるか?」
「あ? ……ああ、わかった。すぐにでも用意しよう」
バロンが指示すると、すぐに部下が調達に出た。彼はその背中を見送ると、疑いを隠さない顔で呟く。
「本当に、やってくれるのか?」
「だからここまで来たんだろう」
「しかし――っ!」
そこでバロンは言い難そうに言葉を詰まらせる。だがすぐに決然とした表情で続けた。
「書状には、条件を果たしてもこちらが同盟を結ぶとは明言しておらん。つまり、仮にきみたちが山賊を退治しても、我々は知らぬ存ぜぬで通すかも知れぬのだぞ」
今度はこちらが呆れた顔をする。本当に、今さらな話だ。いや、バロンにしてみれば、俺たちにはっきりと言う事で誠意を見せてくれているのだろう。家はボロいが高潔な男だ。
俺は面倒臭そうに、大きく鼻から息を吐く。違う。本当に面倒臭いのだ。何しろコングたちに言った事を、もう一回言わなきゃならないんだからな。
「同盟の話は、正直言うと誰も当てにしてない。ただこの領地が敵に奪われでもしたら、残った俺たちが困るんでな。要は自分たちのためにやってるんだ。だがもし少しでも自分らの胸が痛むというのなら、そうだな、一つ貸しだと思ってくれ」
そして気が向いた時に返してくれ。そう言うと、バロンはぽかんと口を開け、
やがてそのまま大口を開けて笑い出した。




