第七十三話 北の領主の館
俺たちはバロンの館へと案内された。
領主の館、というから俺たちの住むものと似たようなのを想像したが、着いた先は丸太小屋を大きくしただけの非常に簡素なものだった。ただ屋根の形が独特で、聞けば大雪が降った時のために、雪が滑って落ちて屋根に溜まらない形をしているのだそうな。
「おいおい、マジかよ。本当に領主のあんたがここに住んでるのか?」
バロンのイメージからあまりにかけ離れた屋敷の姿に、コングが冗談だろ、といった感じの声を上げる。すると部下の一人が腹を立てたのか、やや強い口調で言った。
「無礼だぞ。バロン様は、その御身に相応しい館を領民たちが建てると言ったのを、彼らと同じ暮らしがしたいとわざわざ断って、このような小屋に住んでいるのだ。貴様らのような――」
「そこまでにせぬか。わざわざ来て頂いた客人に、無礼であるぞ」
まだ続けたそうな部下の勢いは、バロン自らの仲裁によって削がれた。部下は失礼しました、と己の行いを恥じて数歩下がる。バロンはそんな部下にはそれ以上何も言わず、だが言わずとも全てわかっているといった感じで頷くと、俺たちに向かって気さくに笑いかけた。
「なあに、見かけは粗末だが住んでみればなかなか快適なものよ。こう見えて、ちゃんと雨風は凌げる」
「確かに、家なんて雨風が凌げれば充分だ」
「ほう、話がわかるな。ささ、まずは中に」
促され、俺たちは小屋の中に入る。中に入ると、外見をまったく裏切らない質素な家具が並び、逆に安心する。
「大勢客が来る事が無いので、恥ずかしながら人数分の椅子が無い。済まないが、その辺に立つか座るか適当にくつろいでいてくれ」
「問題無いよ。元が野良育ちの冒険者だ。礼儀にうるさく言われるより、よほど気が楽ってなもんだ」
コングはそう言ってにやりと笑うと、壁際に腰を下ろした。他の二人も彼に倣い、地べたに座る。結局、唯一ある椅子には誰も座らず、俺たちは床に車座になって打ち合わせを始めた。
「さて、それではどこから話そうか」
バロンが地図を取り出して床に広げると、部下の一人が茶を淹れにその場を離れる。
「まずは山賊の規模。それから、できればどの辺に出没するのかわかってるなら教えて欲しい」
「規模か……。正確な数はわからないが、少なくとも二十人はいると見ている」
それと、とバロンは地図を指さす。
「どこに出没するかも、まったくわからん。ただ、この山道を通った商人や旅人がよく被害に遭っている」
あまりにも情報が曖昧なのでそこを指摘すると、バロンは申し訳なさそうに言った。
「面目ない。山賊の手際が良いのか我らが不甲斐ないのか、どうしても後手に回ってしまって未だ奴らの詳しい数すら掴めずにいる」
「被害者に話を聞けば、数くらいわかるだろ」
コングがそう言うと、バロンは酷く言い難そうに、
「それがこの山賊、よほど血に飢えておるのか襲った獲物は悉く鏖にしよる。そのせいで生き残りに話を聞く事もできぬ。仮に我らが異変に気づいて現場に駆けつけたとしても、残っているのは死体の山だけという有り様よ」
予想を超える重苦しい答えに、室内に沈黙が流れる。
せいぜい追い剥ぎに毛が生えた程度の規模かと思ったら、思い切り当てが外れたようだ。こいつは少々厄介な山賊退治になりそうだぜ。




