第七十二話 アポ無し訪問
馬を呼び戻した俺たちは、バロンの案内で森を歩いていた。太陽は大きく傾き、もうすぐ夕焼けに変わろうとしている。
俺の隣を歩いていたバロンが、思い出したように言う。
「しかし、来るなら来るで、先に連絡くらい寄越すのが礼儀というものであろうに」
「あ……」
言われてみればそうだ。すっかり忘れていた。だがこちらにも、そう悠長にしていられない理由もあるのだ。
「それは大変申し訳無い。そうしたいのは山々だったんだが、何しろもう刈り入れが近い。連絡を待っている時間が惜しかったので、無礼を承知で直接訪問させてもらった」
俺の言い訳を聞くと、バロンはふむ、と顎鬚を手で撫でつけた。
「なるほど。刈り入れが終われば敵が攻めて来る。時間が惜しいというのは理解できた。こちらとしても、この問題は早く片づけたい。連絡の件は、お互い様という事にしよう」
「そう言ってもらえるとありがたい。こちらも、早急にそちらの悩みを解決できるように努めよう」
バロンと会話する俺の後方で、でルーンとコングが小声で「あいつ、いつの間にあんな賢そうな話し方憶えたんだ?」「また変なものでも拾い食いしたんでしょ」とか何とか言ってるが、気にせず進む。
それからしばらく進むと、木と木の間隔が開けて来るとともに、道に人の手が入ってきた。それは、馬の蹄の音でわかる。そのうち馬車が通った轍が現れると、ここがもう人の住む領域なのだと感じさせられる。
つまり、村か町が近い。
「さて、いよいよだな」
「いったいどんな領地だろうね」
期待に胸をばいんばいん踊らせるホーリー。俺も、スレイの記憶じゃなく自分自身が他の領地に行くのは初めてだ。実際に体験する新しい経験に、わずかだが緊張した。
「さあ、着いたぞ。ここが私の領地だ」
北の領地は、森の中にぽっかりと空いた広大な空き地に民家や田畑を詰め込んだものだった。恐らく長い年月をかけて森を開拓し、ここまで広げたのだろう。祖先の苦労が忍ばれ、そして人間の意地と生命力の強さを感じさせる光景だった。
「すごいな」
感動とも圧倒ともつかぬ感情に、思わず声が出る。木を切り倒し、根を取り除いて畑となる土地にするまでには想像を絶する根気と苦労を要する。それをこの広大な領地になるまでやるには、並大抵のことではあるまい。
時々思うが、人間って本当に頭おかしい。住めない土地をわざわざ住めるように変えるとか。それもちょっとやそっとじゃどうにもならないレベルの土地を、何代にも渡って開拓や開墾したりする。他にもっと住みやすい土地あるだろ。探せよ、そういう土地を。少なくとも、他の動物はそうしてる。人間だけだよ、自然に抗うの。やめなよ、どうせ勝てないって。
だが目の前の光景は、人間が自然をねじ伏せた――とまではいかないが、人の侵入を拒んできた森と上手く折り合いをつけ、どうにか人が住まわせてもらっているように見えた。共存、というのだろうか。森と人、どちらも互いを脅かす事無く、均衡が取れている。
「どうだ。壮観であろう」
感嘆の声を上げる俺の隣に、バロンが自慢気に並ぶ。
「ああ。こんな景色、初めて見た」
「この土地は、領民たちが何代にも渡ってここまで広げ、やっと他の土地と同じくらい作物が収穫できるまでになったのだ。彼らの血と汗の結晶とも言うべき作物を、山賊などにくれてやるわけにはいかぬ」
熱く語るバロンの言葉に、俺は強く頷いた。




