第七十一話 北の領主バロン
「止まれ!」
茂みから姿を現した俺を見て、護衛役の一人が前に出て槍を構える。残りは閣下とやらを下がらせ、周囲を固める。早いし慣れた動きだ。
「誰だ!?」
俺は戦う意思が無い事を表すために、両手を上げる。
「お前らこそ誰だ」
「賊に名乗る名など無い! それよりお前一人か!? 近くに仲間が隠れていないだろうな!?」
「そいつに答えるのは、お前らの正体を聞いてからだ」
「何だと!」と俺に向けて槍を構える男が激昂する。気位の高い奴は無駄に血の気が多いようで、俺の言葉の端に隠されたヒントに気が付かなかったようだ。
「まあ待て。人に名を尋ねる時はこちらから名乗るのが礼儀であろう」
閣下はその辺がわかっているのか、前の男を諌めるとこちらに向かって僅かに馬を進めた。
「名乗るのが遅れて申し訳ない。私はここの領主のバロンと申す」
「閣下!」
「構わん。例え相手が誰であれ、礼を欠いては貴族の名折れというもの。戦場であろうと宮廷であろうと、常に優雅で気高くあるのが貴族というものだぞ」
「はあ……」
閣下――バロンの言葉に毒気を抜かれたのか、男が俺に向けた槍を下げる。
「さあ、こちらは名乗ったぞ。いい加減他の隠れている奴らも出て来ないか」
やっぱり気づいていたか。なかなか面白い奴だ。
「――だそうだ。おいみんな、いいから出て来いよ」
俺が背後の茂みに向かって声をかけると、観念したようにコングたちが出てきた。
「ったく、勝手に一人で出て行くなよ。びっくりするだろ」
「そうよ。せっかく隠れたのに、全部台無しじゃない」
「どうせすぐ姿を見せるのなら、初めから言って欲しいんだけど」
言いながら、ホーリーは服に着いた木の葉や種を手で取り除く。
姿を現したコングたちに、護衛の男たちに緊張が走った。口々に気勢を上げ、武器を構える。
「お、お前ら、やはり山賊……っ!」
「ようやく見つけたぞ!」
「いや、違う違う。まずは落ち着けよ。話し合おうぜ」
言っても無駄だろうが、一応否定しておく。
「嘘をつくな! 最初に姿を隠して我らを待ち受けていたのが何よりの証拠! 疚しい事がなければ隠れるものか!」
「いやいや、普通森の中で知らない奴が近づいてきたら、とりあえず隠れるだろ」
「なあ?」と俺がコングたちに同意を求めると、みんな揃って「だな」と頷く。
「それにたった四人の、しかもこんな恰好の山賊いないだろ」
とは言うものの、俺たちの姿はどう見ても冒険者だった。つまり山賊と大差なく、案の定、説得力が無かった。相手も微妙な顔してるし。
こうなったら、決定的な証拠を出すしかないか。何よりこれが一番手っ取り早い。俺は懐から、北の領主から返信された書状を取り出す。
「言い忘れていたが、俺たちも一応領主だ。そこのバロン閣下に頼まれて、山賊退治にやって来た」
俺が書状を投げて寄越すと、閣下はそれが俺たちに向けて送った書状に間違いないと断定する。
「間違いない。この書状、確かに私が送ったものだ」
「で、では彼らは……」
「ああ。どうやら南の新領主たちのようだ」
「まさか本当に来るとは……」
そりゃそうだろう。普通は来ないし、そっちだって来るとは思ってなかったろうな。とにかく、これで俺たちが山賊じゃないってのは証明できたようだ。




