第七十話 もりのなかにいる
数日後。
昼を過ぎる頃には、俺たちは北の領地へと続く森の前に立っていた。
地図で見て、森と山に囲まれてるのはわかっていたが、実際来てみると本当に森と山しかない土地だった。
「こりゃ山賊くらい出るわ」
コングの率直な感想に、俺たちは揃って「だな」と応える。
「ちょっと北に行くだけでも、もう紅葉してるんだな」
俺たちの領地はまだ秋というよりは晩夏といったところだが、この森は所々木の葉が赤や黄色に色づいていて、秋の訪れを感じさせた。もう少しすれば完全に紅葉し、木の実が熟して食べ頃になるだろう。
森はいい。俺は久しぶりに嗅ぐ森の香りを、思い切り吸い込む。熊や狼、ゴブリンだった頃は、ずっと野山で暮らしてきた。その頃の記憶が思い起こされ、束の間の思い出に浸る。何となくリンゴが食べたくなってきたなあ。
などとどうでもいい事を考えながら進んでいると、
「しっ。静かに」
先を進むルーンが右手を上げて制止を促した。ハーフエルフである彼女は、この中で最も耳がいい。その長い耳が何か異音を捉えたようだ。
「誰かこっちに近づいて来る」
「山賊か? 人数はわかるか?」
「正確にはちょっと……。けどあたしらよりは多いかな。全員馬に乗ってるね」
それだけわかれば充分だ。俺が何かを言う前に、コングとホーリーはそれぞれ戦闘態勢に入っていた。領主生活に慣れて心身ともになまっていないかと心配したが、どうやら取り越し苦労だったようだ。
さて、どうする。こう木に囲まれた中じゃ、思うように戦えない。かと言って今さら派手に動くと相手にこちらの存在が気づかれる――いや、こっちに向かってるんだから、もう気づかれていると考えるのが妥当か。
ならば。俺たちは馬から降り、茂みに身を隠す。馬は俺たちが降りても逃げないし、もし逃げても呼べば戻ってくるから安心だ。
隠れて待っていると、音の正体はすぐに現れた。
俺たちと同じく武装して馬に乗ったそいつらは、ひと目でそれなりの地位にいる連中だとわかった。
数は六人。ルーンの耳はさすがだ。全員人間の男で、いい馬に乗って高そうな鎧を着ている。だが中心の男だけが、どこか鎧に着られている感があって、戦慣れしているとは到底思えなかった。だが残りは相当やりそうだ。
「おかしいな。この辺りに賊がいると思ったのだが」
言いながらも警戒を解かずに周囲を探る中年の男は、この中で一番身分が高そうだった。少し薄めの黒髪を油で後ろに撫でつけ、偉そうな髭を口の周りに生やしているのが、いかにも貴族っぽい。
「近くにいるのは間違いないでしょう。閣下、どうか油断なきよう」
閣下、ときやがったか。まあ見たところ冗談や俗称ではなく、本当に位の高い人物なのだろう。それにそいつ以外の男はよく訓練されている。閣下とやらをを常に中心に置き、自分たちを盾にして動く身のこなしは一朝一夕ではできない熟練と、己の命を捨てても男を守ろうとする忠誠心が見える。
となると、こいつらが山賊という事はまずないだろう。俺はそう判断すると、相手を刺激しないようにゆっくりと茂みから出た。




