第六十八話 同盟の条件
それから十日ほどは、平和な日々が続いた。
俺とコングが日々精を出したおかげというわけでもないだろうが、戦で敵に破壊された家屋の撤去は終わった。
そして瓦礫の撤去が終わった家から順に建て直しを開始しているので、そう遠くないうちに全て元通りになるだろう。
季節は秋になろうとしている。
この分なら畑の刈り入れに間に合うだろうか。領民の話では、敵も秋の刈り入れ時は忙しいようで、そこと春の種蒔きの時期は攻めて来ないそうな。敵といっても、同じ生きた人間なのだなあ。そんな事を思っていると、遂に待ち望んでいたものが来た。
夕食後。
「それじゃあ、開けるよ」
屋敷の食堂のテーブルに並べられた書状を前に、ルーンは俺たちに向かって確認した。
一同が頷くのを見て取ると、ルーンは手近なものを手に取って開いていく。
皮紙がすれる音が食堂に響き、全員に緊張が走る。この書状の内容如何によって、俺たちの今後が大きく変わるのだから当然だろう。
一通目。凝った家紋が刻まれた赤い蝋で封印された書状には、几帳面な文字がびっしりと綴られていて期待が持てたのだが、
「……要するに、ごめんなさい、だね」
読んでみるとお断りの手紙だった。みんな揃って溜息をつく。
「まあご立派な家紋を見てわかる通り、ここは代々続くような名門の領主なんだろう。あたしらみたいなぽっと出の成り上がりとは関わりたくないって気持ちはわからなくもない。しょうがないね」
ルーンの慰めるような説明は理解できるが、それでも落胆はしてしまう。
気を取り直して二通目を開く。
結果は芳しくなく、すぐさま次の書状を開く。
三通目は消極的な否定。恐らく俺たちが名の通った領主なら、二つ返事だったであろう。足元見やがって。
四通目。攻撃的な否定。寝言は寝てから言ってくださいよこの母親と性行為をする変態野郎、を二回りほど下品にした文言にキレたルーンが書状をびりびりに破いて頭上に放り投げると、破片は空中で燃え尽きた。こんな所で魔法を使うなよ……。
とうとう最後の一通。全員の期待の篭った視線がテーブルの上の書状に集中する。
「じゃあ、開けるね……」
ごくり、と誰かの唾を飲み込む音とともに書状が開かれる。
「あ、」
読み進めるルーンが明るい声を発し、みんなの期待が一気に膨らむ。
「同盟、してもいいって」
「マジか!?」コング声でかい。
「――けど、それには条件があるって」
ただし書きの付随に、食堂内に巨大な溜息が生まれる。とりあえず条件とやらを聞いてみよう。話はそれからだ。
「最近、彼らの領地に山賊が出るんだって。そのせいで戦に集中できなくて困ってるから、もしあたしらがその山賊を退治してくれたら、同盟について考えてもいいってさ」
「う~ん……、足元見てるなあ」
「この『考えてもいい』ってのが曲者ですね。仮にわたしたちが山賊を退治しても、同盟を結ばない結果もあるって事でしょ?」
俺の呟きを、ホーリーが補足してくれる。そう、この「考える」がポイントなのだ。やると明言せず、かと言って否定もしない。後でどうとでも言い訳できるような言い方は、ほぼその気が無いのと同じである。それにこちらが藁にでもすがっているのを見て、足元を見てるのがどうも気に入らない。
そもそも、同盟を申し出た時点で、既に相手に弱みを見せているのだ。自力でどうにかできているのなら、最初から同盟など必要無い。だから、相手はいくらでも上から物が言えるのだ。
「どうする?」
コングが困ったような顔で、みんなを見回す。
「相手の要求を呑んだからって、こっちが望む結果になるかどうかわからないってのがねえ」
タダ働きは御免だよ、とルーンはさっさと書状を片付ける。それを終わりの合図と見たのか、コングはだらしなく背もたれに深くもたれて天井を仰ぎ、ホーリーはお茶を淹れに厨房へ向かおうとした。
だがそうはさせない。
「やろう」
俺がそう言うと、三人が同時に「え!?」と疑問の声を上げた。




