第六十七話 筆跡
翌朝。
朝食を食べに食堂に行くと、すでにルーンが自分の席についていた。
「おはよう。珍しく早いね」
「おはよう。まあ、たまにはな」
昨夜はスレイの記憶から自分にとって経験のない動作や人間独自の習慣などを洗いざらい抜き出していたため一睡もしてないだけだ。
なにせスレイの人生をほぼ丸ごと遡ったからな。人間の二十数年の記憶は、いくら同じような経験を端折って最適化しても膨大な量で、むしろよくぞまあ一晩で終わったものだと自分を褒めてやりたいくらいだ。
が、そんな事はおくびにも出さず、俺も自分の席につく。
「あ、そうだ。書状にサインはしてくれた?」
「ん? ああ、書いたぞ」
「見せて」
「え?」
「だから、ちゃんと書いたか見せて。書き漏らしとかしてないか、あたしがチェックしてあげる」
「いいよ別に。子供じゃあるまいし」
「相手が子供だったら心配してないわよ。いいから四の五の言わずにさっさと持ってきて。見せないと朝食食べさせないわよ」
非道い……。俺は子供よりも信用が無い上に、朝飯を食べる権利すら無いのかよ。渋々俺は席を立ち、来たばかりの道を戻って自室に書状を取りに行った。
「ほらよ」
「ん。よろしい」
俺から書状を受け取ると、ルーンは満足そうに一通を開き、残りはテーブルに置いた。
そこで、俺は気づく。
文字には、個人を特定できるようなクセや特徴が出るらしい。所謂筆跡というやつだ。もし俺がスレイを通して書いた文字と、スレイ本人だけが書いた文字に決定的な違いがあれば、俺がスレイじゃない事がバレるかもしれない。
まずい。俺は慌ててルーンから書状を奪い取ろうとするが、彼女はすでに一つを開いて中を検分していた。
「う~ん……」
緊張が走る。ルーンは見比べるように、次々と書状を開いて中を検めていく。
「相変わらずきったない字ね。でもまあ、ちゃんと全部にサインしてるし、問題無いわ」
そう言うとルーンは書状を綺麗にたたみ直し、五つ揃えてテーブルの上でとんとんと揃えると懐に仕舞った。
「じゃ、あたしはこれを届けてもらってくるから」
そのまま食堂を出て行くルーンの背中を見送り、完全に退室した頃にようやく俺の緊張が解けた。
「はあ……」
安心して溜息のような吐息が出る。身体から力が抜け、落ちるように椅子に座った。
「……………………」
しばらく気が抜けたようにぼんやりと食堂の天井を見ていると、思い出したように腹が鳴った。
……朝飯にするか。




