第六十三話 兆候
それから俺とコングは、しばらく焼け落ちた民家を片付けていた。
俺たちが加わった事で、領民たちは最初は緊張して黙々と作業をしていたが、すぐにコングの気さくな人柄が彼らの心をほぐしていった。
「それで俺は言ってやったんだよ。こないだお前の家からオークが出て来たのを見たぞ、って。そしたらそいつ、何て言ったと思う? 『おいおい、そいつは俺の女房だよ』って」
オチが決まると、領民たちから盛大な笑い声が上がる。まだ人間の生活に慣れていない俺にはいまいちよくわからないが、どうやらコングの話は相当に面白いらしい。
そうして和気藹々と作業していると、一階部分の撤去はあらかた終わった。次は屋根の解体だ。大工の心得があるのか、身の軽い男が一人、足場も立てずにひょいひょいと柱を上ると、あっという間に梁に取りついた。
「そいじゃ、下ろすぞ」
男が上から声をかけると、他の男たちが「おう」とそれに応える。すると焼け残った木材がだらりと下りてきた。
「よし、持った」
下で待機していた男がしっかりと受け取り合図を送ると、上の男が手を離す。そして次の男が待機している間に、上の男は次の材木を下に下ろす準備をする。俺とコングも材木を運ぶべく、順番を待つ男たちの列に並んだ。
行った、持った、とテンポのいい男たちの掛け声を聞きながら、ぼんやりと順番を待っていると、突然頭上で「危ない!」と声がした。
声に反応して俺が振り向くと、上の男が手を滑らせて落とした木材が俺の額に直撃した。
「がっ……!?」
強烈な衝撃が頭を襲い、一瞬スレイの肉体との接続が途切れる。それでも倒れずに姿勢を制御できたのは、きっとスレイの身体が本来持っている運動性能のおかげだろう。
ともあれ、すっかり油断しているところに痛烈な一撃を喰らい、俺は間抜けな声を上げてふらついた。
「す、すいません! 大丈夫ですか!?」
俺の心配をし、上の男が声をかける。周囲の領民たちも、領主に何て事を、と天と地がひっくり返ったような騒ぎだった。俺は彼らを安心させるために、大した事ないと右手を上げる。その時、額から生暖かいものが頬を伝って落ちる感触に、思わず上げた右手で額を拭う。
「おい、大丈夫か?」
俺が額を拭うと同時に、コングが近寄ってきた。まったく、これくらいの事でいちいち大袈裟な。
「大丈夫。ちょっと当たっただけだ」
「当たったから心配してんだよ。大丈夫か? 結構釘が出てるやつだったぞ」
言われて見れば、落ちてきた木材はあちこちから釘が出ていた。こんなのがまともに当たったら、ケガぐらいじゃ済まないだろう。いや、実際に当たってケガしてるんだった。
コングを俺の顔をまじまじと見た後、安心したように笑った。
「けど、見たところ何ともなさそうだな。しかし大した石頭だよ。傷一つないぜ」
「え?」
いやいや、傷あるって。たぶん釘で引っ掛けたんだろう。血だって出てる。
俺がそう文句を言いかけて、自分の額を手で触れる。
だがそこに傷はなかった。あれだけ強烈に当たったのに、コブすらない。
そうだ、確かあの時出た血を拭ったはずだ。そう思って俺は自分の右手を見る。しかし、確かに拭ったはずの血はそこにはついてなかった。
「……あれ?」
おかしい。間違いなく流血した感触があり、それを拭ったはずだ。なのにその形跡がことごとく無い。それとも、血だと思ったのは間違いで、単なる汗だったのだろうか。
んん~……。
ま、考えてもしょうがない。
「おい、いつまでぼ~っとしてんだ。次、お前の番だぞ」
「あ? おう」
コングの声に我に返った俺は、これ以上考えるのをやめて作業に集中する事にした。注意散漫は事故の元だしな。




