第五十二話 疑惑
次に俺が向かったのは、ルーンが担当する弓の訓練場だ。訓練場と言っても、広場に藁で作った人型の的がいくつか置いてあるだけなのだが。
やはり弓は一朝一夕にはいかないのか、的に当たった本数よりも地面に突き立っている本数のほうが遥かに多い。
今も、横一列に並んで弓を構えていた領民たちが一斉に矢を放ったが、半分以上が満足に飛ばず手前に落ち、残りのさらに半分が的とは全く違う方向に飛んでいった。
ルーンは一列が射ち終わる度に手本を見せるが、見るのとやるのでは大違いなのでそう目立って上達はしない。やはり地道な訓練が必要なようだ。
俺が弓の射ち方を説明しているルーンを見ていると、視線を感じたのか彼女がこちらを見て俺と目が合った。慣れない事をさせた恨みなのか、それとも人に指導しているのを見られて照れたのか、ルーンの視線はじと、という音がしそうだった。
「なにサボってんのよ」
「サボってない。他の組の様子を見て回っていただけだ」
ルーンはふうん、と訝しげな声を上げると、俺の所まで歩み寄ってきた。
「どうだ、弓は何とかなりそうか?」
「正直時間が足りないわね。次の戦がいつになるかわからないけど、それまでに真っ直ぐ飛ばせるようになるかどうかってところかしら」
「それだけでも充分だ。矢が飛んでくるだけで、少しは敵の足が遅くなるからな」
そうね、とルーンは言った後、思い出したように「ところでさあ」と継ぐ。
「何で五人一組なの?」
「四方を取り囲んだ敵を背後から刺すのに、もう一人必要だろ。だから五人だ」
「……なるほどねえ。エグい事考えるわね」
考えたのは俺ではないが、別に言う必要も無い事なので俺は黙っていた。
「それとさあ」
「まだあるのかよ」
「あんた、随分と変わったんじゃない?」
それまで懐疑的だったルーンの視線が、さらに粘度を増す。
「どういう意味だ?」
「別に、大した意味はないんだけどね。
ただ、これまでのあんただったら、バカみたいに領民たちを一方的に守ろうとしたはずなのよ。できるできないは別にして」
「俺だって少しは成長する」
「成長ねえ……。まああんたが小利口になってくれると、あたしらは楽できていいんだけど。だけどどうにもお尻の座りが悪いのよね。これまでいくら口を酸っぱくして言い聞かせてもきかなかった正義バカが、何をどうしたらいきなりここまで合理的思考ができるように変わっちゃうのかしらって」
そこでルーンは再び俺をじっとりとした目で睨む。
「まるで、人が変わったみたいじゃない」
沈黙が流れる。俺がどう答えを返そうか悩んでいると、不意にルーンが俺の肩を軽くぽんと叩いた。
「ま、あたしはあんたがどうなってようと、別に気にしないけどね。
いや、むしろ人間の性格が短期間でどこまで変化するか興味あるわ。だから観察させてもらう」
そうだった。スレイの記憶によれば、こいつは自分の知的好奇心を満足させる事が第一で、それ以外の事は本当にどうでもいいような奴だった。
そしてルーンは俺の肩に爪を立てると、これまでとは打って変わったドスの利いた声で言う。
「けどね、ホーリー泣かせたら承知しないからね。そん時は、あたしがあんたの頭かっ開いて中の脳味噌調べてやるんだから」
さらにこういう奴だったんだよなあ……。
ルーンは俺が何か返事をする前にもう一度軽く肩を叩くと、「じゃ」と軽い世間話が終わったかのような気楽さで領民たちの訓練に戻っていった。
……あいつはヤバいな、色んな意味で。




