第三十九話 別れ
『いつまでお喋りしてるんだ。雑魚相手だからって気を抜くな』
コングの声に、他の三人が緊張感を取り戻す。それまでの団欒とした雰囲気が一瞬で殺気に塗り潰され、今が戦闘時である事を思い出させる。
『さっさと終わらせるぞ』
コングが腰を落として低く構えた。一撃で数匹のゴブリンをまとめて蹴散らしたあれを、もう一度やるつもりだ。あんなのをまともに食らったら、俺とゴブ夫など簡単にバラバラになって、どっちがどっちの部品だかわからないくらい混ざっちまう。
逃げなければ。だが、どこへ。どうやって。
それに、俺が逃げたら、ゴブ夫が――
俺が迷っていると、ゴブ夫が震える声で背中越し言った。
「オレガ囮ニナル。ソノ間ニボスハ逃ゲロ」
「何だと……」
「ボスガイレバ、群レハマタデキル。ボスダケデモ生キ残ッテクレ」
「ふざけるな。お前を見捨てて俺だけ逃げるなんて、そんな真似ができるか」
怒りに任せ、俺はゴブ夫の肩を掴んで無理やり振り向かせる。
「な……」
声が出なかった。
ゴブ夫の顔は涙と鼻水にまみれていた。
こいつは、死の恐怖に耐え切れずにぼろぼろに泣きながら、それでも自分が囮になってる間に逃げろと言ったのか。
「……馬鹿野郎」
噛み締めた歯の間から、ようやくそれだけが言えた。
「オレ、群レノ中デ一番弱イオ荷物ダッタ。ダケドボスガ、コンナオレヲ拾イ上ゲテクレタ。オレ、モノスゴク嬉シカッタ。
ボスガモウ一度ボスニナッテカラノ毎日、今マデ生キテキタ中デ、一番楽シイ日々ダッタ。
ダカラ、ボスハココデ死ンジャダメダ」
そう言うとゴブ夫を俺を思い切り突き飛ばした。その勢いで振り返り、冒険者たちに向かって全速力で走る。
最後に奴はこう言った。
「アンタガボスデ良カッタ」
すまん……。俺は叫び声を上げながら走っていくゴブ夫に背を向け、逃げ出す。
絶対に生き延びて――
次の瞬間、ゴブ夫の声が消えた。




