第三十七話 魔法
出口に近づくにつれ、煙が酷くなってきた。俺たちは煙に目や喉をやられながらも、必死に洞窟の外に向けて走る。
煙に曇っていながらも、俺たちの走る速度がいつもと変わらないのは、ここが自分たちの住み慣れた根城だからだ。目をつむってたって歩けるぜ。
だから、そろそろ出口が近づいているのを肌で感じていた。そしてその向こうに、殺気を隠そうともしない連中が待ち受けているのも。
「オ前ラ、ボスヲ守レ!」
俺の隣を走っていたゴブ夫が命令すると、ゴブリンたちが一斉に俺とゴブ夫の周囲を固めた。前後左右隙間無く、俺たちを中心に一つの塊となる。
そして塊の先端が煙を突き抜けて外の空気に触れた瞬間、
最前のゴブリンに炎の塊がぶつかった。腹に大穴が開くと同時に、全身が炎に包まれる。
「ギ……!?」
すぐ近くの仲間が爆炎に殺られ、恐怖で止まろうするゴブリンの足を、
「構ウナ! ソノママ走レ!」
ゴブ夫の叫びが再び動かした。
ゴブリンたちは、土手っ腹に焼けた石でも投げつけられたような仲間の死体を乗り越えて走る。そして全員がどうにか洞窟の外に出た。盛大に煙を洞窟に送り込んでいる焚き火を越えると、ようやく目と喉の痛みから解放されて新鮮な空気を吸い込めた。
だが、これで終わったわけではない。むしろ待ち構えている敵の前に出ただけだ。陽の光に肌を焼かれる痛みを忘れるほど立ち込めた殺気に、俺たちは身構える。
洞窟の周囲には、信じられないほどのゴブリンの死体が大小様々に散らばっていた。さっきのように炎に焼かれたのが一番多いようだが、刃物でなます斬りにされたのと大型獣に轢かれたように原型を留めていないのもいる。苦手な太陽の光よりも、凄惨な光景と血の臭いで気が狂いそうだった。
「来ルゾ!」
ゴブ夫の警告と同時に、どこかから火の玉が飛んでくる。数は三つ。火の玉はそれぞれ一つずつ、俺を守って立つゴブリンたちに命中する。
たった一発。それだけでゴブリンは胸を貫かれて死んだ。俺はただ、何をされたのか理解できないまま、仲間が殺されるのを見るしかできなかった。
何だこれは。
何が起こっている。
矢や槍のような武器ではない。どこからともなく飛んできて、一撃で確実に仕留めてくる。これが魔法と呼ばれるものだと俺が知るのは、遥か先の事であった。
だが何も知らない今の俺は、ただのいい的だった。ゴブリンたちはそんな俺を守ろうと盾になり、そして散っていった。
「アソコダ! アソコカラ火ノ玉ガ飛ンデクルゾ!」
俺が混乱して使い物にならない間でも、ゴブ夫はいい仕事をしてくれていた。何匹もの犠牲は出たものの、ついに火の玉の出処を見つけたのだ。
ゴブ夫が遠くの茂みを指差す。その先に、この火の玉を撃ってきた奴がいる。そいつさえ仕留めればもう攻撃はあるまい。残ったゴブリンたちは、決死の覚悟で駆け出した。
その時、茂みの中から人の声がするのを俺とゴブ夫は聞いた。
『ゴメン、見つかった。あともう魔力無いから、よろしく』
そして木の陰から飛び出したのは、一見オーガかと思うような巨躯の男と、右の頬に大きな傷のある若い男だった。




