第百四十話 終焉
センキの身体を奪い取った俺は、スレイの胸に突き刺した剣を抜いた。
「大丈夫か?」
センキの声で尋ねる。スレイの声とは違う太重い声に、違和感を覚える。あと視点も高い。
「大丈夫だ。けど死なないとは言え痛いものは痛いんだな……」
そう言ってスレイは胸の傷を撫でる。鎧は剣が刺さった跡が残っているが、その下の皮膚はみるみるうちに傷が塞がっていった。
「ほ~、ドラゴンの回復力というのは大したもんですなあ」
ゼンが目を丸くしている間に、傷は完全に消えてなくなった。
「どうやら無事センキの身体を奪えたようだな」
スレイが俺を見上げ、安心したように笑う。
「スレイ殿より大きな身体ですが、大丈夫ですかな?」
「すぐに慣れる。それよりも早く記憶を抽出しないと、誰かにバレるかもしれない」
言いながら、俺はセンキの脳から記憶を抽出する。とりあえずここ数日の記憶があれば、誰かに何か訊かれても困る事はないだろう。後は夜にでも時間をかけて全て吸い出せばいい。
「それで、お前はこれからどうするんだ?」
「俺はセンキの身体と記憶を使って、各地に散った虫たちをしらみ潰しにする。
そうすれば最後には俺だけが残り、実質最強みたいなもんだろう」
センキの記憶をたどれば、どこにどれだけの虫を放したのかすぐにわかる。そして大将軍という地位を使えば、それらを狩る口実には事欠かないだろう。全てが終わるのは時間の問題だ。
そして全てが終わったら、この下らない戦争も終わるだろう。
「それでは拙僧もお付き合い致しましょう」
「そうしてもらえると助かる」
「では俺も――」
「お前はやる事があるだろう」
スレイの言葉を俺は遮る。こいつの事だ。またぞろ妙な正義感を発動させて俺たちの手伝いをしようと思ったのだろう。
「お前には領地と領民を守るという大事な仕事があるだろう」
「それは……」
「そもそも今回の騒動は俺たち虫が始めたものだ。だから片づけるのも俺たち虫だ」
俺が決然と言い放つと、スレイは言葉を失い黙りこむ。そしてしばらく考えた後、ようやく納得したように頷いた。
「……そうか。そうだな。お前らにはお前らの、俺には俺のやるべき事があるんだよな」
「そういう事だ。ボスはボスの責任を果たせ。仲間を、群れを守れ」
仲間という言葉は、正義の次にスレイの中で重要な鍵だ。こう言えばスレイはこれ以上何も言えまい。群れを守れなかった俺が言うセリフではないが。
「わかった。けどこれも何かの縁だ。困った事があったら遠慮なく言ってくれ。協力は惜しまない」
まったく、どこまでも甘い奴だ。自分の身体を奪い取った奴を恨むでもなく、あまつさえ友人のように思ってやがる。
俺は溜め息のような息を鼻から大きく吐き出す。
「そんな暇があると思うか? 領主の仕事は片手間でできるほど甘くはないぞ」
経験者は語る。
「そっちもどうにかするさ」
「やれるのか、お前に?」
「お前ほど上手くはやれないが、俺なりに頑張ってみるよ」
「だったらまずはバロンと結んだ同盟をちゃんとしろ。協定が空白だらけで、あれじゃあ同盟したとは言えん。それに――」
「センキ将軍」
突然中庭に現れた兵士に、俺は言葉を止める。
「こちらにおられましたか。そろそろ軍議のお時間です」
ああ、そういえばそんな記憶がセンキの脳にあったな。大方次に虫を仕込んだ人間を送り込む国を吟味するつもりなのだろう。ちょうどいい。早速各地に散った虫を狩り出すとするか。
「わかった。すぐに行く」
俺がセンキの口調を真似て言うと、兵士は「はっ」と敬礼をしてから綺麗に回れ右をして去っていった。
やれやれ。他にも言いたい事は山ほどあったが、それを全部伝える時間はなさそうだ。
スレイを見る。
スレイも俺を見ている。
どちらからともなく言う。
「じゃあな」
こうして俺たちは別れる。
そして始まる。
それぞれの戦いが。
了