第百三十九話 奪取
センキの剣がスレイの背中を突き抜け、背後の壁に突き立つ。
「ぐ……」
「このまま上体を斬り落とし、頭を開いて中の虫を引きずり出してくれるわ!」
そう言ってセンキがスレイの胸に突き立った剣を横に動かし、壁ごと胸を斬り裂こうとする。
「させるかぁっ!」
だがスレイは両手でセンキの剣を挟み取り、動かないように固定する。
「なにっ!?」
動かぬ剣にセンキが驚愕する。剣で胸を貫かれているのに、何という力だろう。
そして今度はその隙をゼンが突いた。
「ほわたぁっ!」
先ほどよりも強い踏み込みで、拳ではなく手の平の手首側の部分――所謂掌底をセンキの顎に叩き込んだ。
がごん、と骨が軋む音とともに、センキの太い首の上にある頭部が一瞬真横になるほど揺れた。
「っ……!」
常人なら首から上が飛ぶほどの衝撃に、さしものセンキも意識が一瞬だけ飛ぶ。
だがその一瞬があれば充分だった。
「今だ!」
「今です!」
スレイとゼンが同時に叫ぶ。
俺はその声を聞いて、今まで隠れていた茂みから飛び出した。
そう。俺はこの時のために裏路地で捕まえた野良犬に寄生し、絶好の機会を窺っていたのだ。
そして今がその時だ。
四足で地面を蹴り、背後からセンキの首筋目がけて飛びかかる。
同時に犬の脳に噛みついた後の行動を叩き込み、触手を解除して口内へと移動を開始。
「なにっ!?」
突然後ろから飛びかかってくる野良犬に驚くセンキ。だがゼンの一撃で脳を揺さぶられ、身体が自由に動かない。
その無防備な首に俺が噛みつく。そして俺が指定した通りに、首に牙を突き立てるとすぐに犬の口が開き、牙でつけたばかりの傷口に俺が身体を滑り込ませる。
センキの体内に入った俺はすぐに血管に潜り込み、血流に乗って心臓に。爆発のような鼓動に押し上げられ、血液と一緒に脳へと向かう。
脳にたどり着くと、すぐにそいつは見つかった。
センキの脳に貼りついた虫だ。
そいつはまだ自由に動かないセンキの身体をどうにかしようと四苦八苦していた。センキが強すぎて、今までこうなった経験が無かったのかもしれない。
それが奴の敗因だった。
奴はセンキの身体の操作を諦めて触手を自分の防御に回せば良かったものを、最期まで動かない肉体を動かそうと無駄な努力を続けた。
動けず守れない奴を殺すのは、造作も無い事だった。俺は引き裂いた奴の身体を、触手を使ってセンキの体外から押し出す。
こうして無事センキの身体を乗っ取ると、俺は奴の代わりにセンキの脳に自分の触手を接続した。
肉体の制御を奪うと、センキの目を通じて見たものが俺の中へと送り込まれる。見れば、スレイは相変わらず剣で壁に縫いつけられているし、ゼンはセンキの鼻の穴から出て来た虫の死骸を見て、どちらのものかわからずにあたふたしている。
「おい、どっちだ。どっちが勝ったんだ?」
「わかりません。けど一方がこうして死んだ今、勝負がついた事だけは確かです」
「クソ、どちらかわからないと気が抜けないぜ……」
「それにしても、どうして胸を刺されても平気なのですか?」
「以前ドラゴンの脳を食ったんだ。そうしたら傷がすぐ治る身体になった」
「なるほど。だから虫に支配された脳も回復したわけですか」
「そうだ。よくわかったな」
「拙僧の頭にもまだ虫がいますからな」
「お前こそよく平然としてられるな」
「もう慣れましたゆえ」
「なるほど」
そう言って二人は笑った。
何だか余裕あるなこいつら……。