第百三十八話 ピンチ
「いい心がけだ」
仲間に入りたいというスレイの言葉に、センキは猛獣が喉を鳴らすような声を出す。
「ようやく貴様も利口になったようだな」
「そうだな。どうせ生まれてきたのなら、賢く生きないとな」
「それでは拙僧もスレイ殿共々よろしくお願い致します」
言いながら、ゼンは音も無くセンキへと歩を進める。そうしてあたかも握手を求めるような何気ない感じで右手を差し出した。
それを見て、センキがつられて自分の右手を上げる。
だがゼンの右手はセンキの右手をすり抜け、彼の腹に指先を着けた。
「鎧通し!」
瞬間、ゼンの細い目が開かれると同時に、地面を踏み砕くほどの踏み込みとともに右手を握り込む。
超至近距離でゼンの拳がセンキの腹に打ち込まれ、中庭に金属同士がぶつかるような硬い音が響いた。
「ぬ……!?」
「む……!?」
呻き声を上げたのは、二人同時だった。
片や、鎧を抜けるほどの拳撃に内臓を揺さぶられ、口の端から血を漏らすセンキ。
片や、手応えの不確かさに眉をしかめるゼン。
「貴様……」
ごふっと咳と一緒に血を吐き出すと、センキは一瞬でゼンの首へと剣を抜き放った。
それを紙一重で躱すと、ゼンは驚異的な身軽さで空中を跳んで距離を取る。
「やったか!?」
スレイの期待のこもった声に、ゼンは苦々しい顔で首を横に振る。
「いいえ、氣が充分に通りませんでした。あの鎧、ただの鎧ではありませんね」
手加減して打ってもコングを一撃でのしたゼンの拳だ。それを本気で打ったのにセンキはまだぴんぴんしている。魔法の鎧だとは思っていたが、どうやら防御力が相当高い代物のようだ。
「これは直接顔面に打ち込んで脳に貼りついた虫を叩くしかありませんな」
「無茶言うな。相手が悪すぎる」
確かに今のセンキの鎧で覆われていない部分と言えば、兜をしていない首から上くらいだが、剣を抜いた奴の攻撃をくぐり抜けて顔面に一撃を叩き込むのは至難の業だ。
「貴様ら、たばかったな」
口の中に残った血を吐き出し、センキがゼンたちを睨む。
「当たり前だ。誰がお前の仲間になんかなるか!」
スレイの挑発に、一瞬でセンキの殺意が解き放たれる。目で見えそうな殺気の放出に、中庭の木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立った。
「ならばここで死ねい!」
常人ならそれだけで絶命しそうな殺気を放ちながら、センキが斬りかかる。対してスレイたちはそれを必死に躱す事しかできない。何故なら二人とも丸腰だからだ。ゼンは始めからだがスレイは城の入り口で剣を預けさせられている。なので今のスレイに攻撃はまったく期待できない。
つまりゼンの奇襲が失敗した時点で、この作戦は半分失敗している。
ではもう半分はと言うと。
先にも言った通り、ゼンがセンキの剣をかいくぐり、どうにかして奴の顔面に一発入れれば何とか勝機はあるかもしれないというところか。
どちらにしろ分が悪い。
そもそも相手が悪い。
だがこちらだって負けるとわかっている勝負をしに来たわけではない。命を賭けて博打を打つほど馬鹿ではないのだ。
どうにかしてセンキの動きさえ止められれば。
必ずチャンスはある。
「どうした。逃げているだけではわしは倒せぬぞ」
長大な剣を軽々と振りながら、センキはじわじわと二人を追い詰めていく。
そして遂に、中庭の壁に追い込まれた。
「ぐ……」
後が無い。スレイがほんの一瞬背後の壁を気にしたその隙を突いて、
「獲った!」
センキの鋭い突きがスレイの胸に深々と突き刺さった。