第百三十七話 いざ敵陣
数日後。
俺とゼンは王都の入り口に立っていた。
少数精鋭と言えば聞こえはいいが、何の事はない俺とゼンの二人――つまり頭に虫の入った者同士である。
今回王都に向かうに当たり、俺はホーリーたちには何も言わずに出て来た。これは虫が起こした問題だ。だから俺たち虫の力だけで解決する。
――と意気込んだはいいものの、果たしてそう上手くいくのだろうか。
隣に立つゼンを見る。ゼンは王都の堅牢かつ重厚長大な門を見て、「ほあ~」とか「はわ~」とか田舎者丸出しの声を上げている。
「……お前、王都は初めてか?」
「恥ずかしながら、拙僧こんなに人がたくさんいる街に来たのは生まれて初めてですよ」
そう言って照れ笑いするゼンの顔は、完全に観光客のそれだった。あちこちを旅しているわりには、都市部にはほとんど行かないのか。曰く、田舎のほうが信心深い人間が多いので托鉢などがしやすいそうな。
不安だ……。
「おい、行くぞ」
俺が声をかけると、ゼンはようやく門から視線を離した。
大通りへと入る。通りの両端にはずらりと店が並び、人通りも多い。ゼンがはぐれないか心配だ。
「ちょ、待ってくださいスレイ殿……」
案の定人波に流されているゼンを捕まえ、俺は裏通りへと入る。
「あれ? そっちに王宮はなさそうですよ」
「ちょっと寄り道だ」
裏道に入ると、景色ががらりと変わる。汚れた壁、ゴミだらけの道、それを漁る野良犬。表通りとの落差にがっかりするが、今は好都合だ。
城門でスレイが衛兵に用件を告げる。相手が相手だけに留守か、あるいは完全に無視される事を覚悟しながらそれなりに長い時間待たされた。
意外にも話が通った。スレイは衛兵に剣を預けさせられ、ゼンは軽い身体検査を受けて門をくぐる。城内が珍しいのかきょろきょろしているゼンを伴い、二人は以前召還の時に来た中庭に通された。
「ここで大人しく待つように」
衛兵はそう言うと、自分の持ち場に戻って行った。衛兵の背中を見送りしばらく待っていると、
「待たせたな」
センキが現れた。
センキは以前にも増して大きく見えた。それは身長が伸びたとか太ったとか外観的なものではなく、この国と隣国を手中に収め、それだけには留まらず行く行くはこの世界全てを支配しようと目論む野心が醸し出す雰囲気のようなもののせいだろう。
センキは俺を見て、その隣に立つゼンの存在に気づいた。
「そいつは?」
水を向けられ、ゼンが一歩前に出て自己紹介をする。
「ゼンと申します。何の変哲もないただの僧侶でございます」
「自分でそう名乗る奴にろくな奴はおらんわ」
センキはゼンの名乗りを一蹴すると、すぐに気がついた。
「そうか。貴様もか」
「ええ。貴方とご同類でございます」
ゼンがにっこりと微笑むと、センキは「ほう」と値踏みするような視線を向ける。そこに割り込む感じでスレイがゼンの肩を抱きながら言った。
「この間はああ言って断ったが、事の成り行きを見て気が変わった。今さら仲間に入りたいって言うのは虫が良すぎるだろうから、こうして手土産代わりにこいつを連れて来たんだ」
「虫だけに虫が良い」とゼンが下らない洒落を飛ばすが、センキは無視した。代わりに再び「ほう」と言うとにやりと笑った。