第百三十ニ話 レンタル延長
スレイの脳が回復している。
もし完全に回復し、スレイの意識が戻ったら俺はどうなってしまうのか。
寄生虫は宿主なくして生きてはいられない。仮にスレイが自分の意識を取り戻したら、どんな手段を使ってでも脳内の俺を排除しようとするだろう。もしそうなったら、俺は――
「だから用心しろと言ってるんだ。お前には、まだやる事があるんだろう」
「え?」
言ってる意味がわからずきょとんとする俺に、スレイは苛立ちと照れが混ざったような顔をする。
「確かに俺は回復してる。いつかは自力で意識を取り戻すだろう。けどそれにはどれだけ時間がかかるかわからないし、そうしている間にお前の兄弟がこの世界をめちゃくちゃにしてしまうかもしれない。つまり、俺には自分が治るのを悠長に待ってる時間は無いって事だ」
俺の兄弟――センキの事か。こいつ、意識が無いはずなのにどこでそれを知ったんだ。
「これまでお前が俺の身体を使ってやってきた事は、薄々ながら知ってる。そしてお前が見たり聞いたりした事もだ。どうして知ってるかって? 当たり前だ。こいつは俺の身体なんだ。俺の身体が見て知ってる事を俺が知らないでどうする」
言われてみればそう……なのか? まあこの際理屈はどうでもいい。そして問題はそこではない。
「つまり、まだお前の身体を使ってもいいって事か?」
「さっきからそう言ってるだろう」
「言ってねえよ」
「悔しいが、これまでの事は俺ではお前ほど上手く立ち回れなかっただろう。特に戦に関してはまったく敵わない。俺にとっては弱者を守る事が当然すぎて、領民を鍛えたり彼らとともに戦おうという発想すら無かった。領民を抱えたまま戦をしていたら、きっとどこかで足元をすくわれて守りきれなかっただろう。
そして問題はあの男――センキだ。
あいつは強い。強すぎると言ってもいい。きっと俺ではまともに戦っても歯が立たないだろう。けれどお前なら、お前の操る俺の身体なら、何とかなるかもしれない。それに俺じゃあお前の兄弟を感知できないしな」
だから、とスレイは右手で自分の胸を叩く。
「だから、この身体はまだお前に貸しておいてやる。元はと言えばお前の兄弟が蒔いた種だ。お前が何とかしろ」
「……マジか」
「マジだ」
あまりの驚きにそれ以上言葉が出ない。
正気かこいつ、としか思えない。
虫だぞ。自分の頭の中にいて、これまでずっと身体を乗っ取っていた寄生虫だぞ。それのどこが信用できる。
仮に、俺の虫の力が必要だとしても、それだけのために自分の身体を提供できるだろうか。
……できるんだろうなあ、こいつなら。
こいつの正義馬鹿っぷりは、今では痛いほど身に沁みている。弱者を、正義を守るためならこいつはどんな犠牲も厭わないだろう。例えそれが己の肉体であっても。
やはりこいつはアホだ。
だが嫌いじゃない。
「わかった。この身体、もうしばらく借り受けよう」
「いくらドラゴンの力で治癒すると言っても限度があるからな。即死するようなやられ方はするなよ」
「気をつけるよ。でもお前より強い奴がいたらそっちに乗り換えるからな」
「……人の身体を馬みたいに言うなよ」
「ところで、みんなにはどう説明しよう」
「何がだ?」
「いや、だから、俺がお前の身体を乗っ取ってる事とか、同じ虫が世界をどうにかしようとしてる事とか。こんなでたらめな話、誰も信じないだろう」
「そうだな……。だったら何も話さなくていいだろう」
「いいのか? 一応仲間なんだろ。説明責任とかあるだろう」
「気にするな。ホーリーも言ってただろう。言わないのと騙すのは違うって」
「しかし……」
「ならそれもお前が考えろ」
投げやりにそう言うと、スレイの姿がもやと溶け合って消えていった。
「おいコラ、ちょっと待て!」
そうして俺は目が覚めた。