第百三十一話 邂逅
気がつくと、夜も更けていた。
あれこれ考えても答えは出ず、時間だけが無為に過ぎたようだ。俺はひとまず考えるのをやめ、寝る事にする。俺自身もそうだが、この身体にも休息は必要だ。スレイが不調になれば、それは即俺自身の不調にも繋がる。宿主の健康管理は寄生虫の大事な仕事なのだ。
寝台に入り、目を閉じる。明日の俺が名案を思いつくのを期待しながら眠った。
目が覚めると、奇妙な場所にいた。
周囲はもやがかかったように白くて何も見えない。足元もふにゃふにゃしてて立っている実感もなく、何だか現実味が無い場所に俺は立っていた。
すぐに気づく。ああ、これは夢の中だ。
スレイが見ている夢の中に俺はいるのだ。
こういう事は今までにも何度かあった。触手で直接脳と繋がっているので、スレイが見る夢が俺に流れ込んでくるのだ。
夢とわかれば何も問題は無い。俺は落ち着いて、周囲を観察する。いつもはどこかで見た風景だったりするのだが、今回はもやで何も見えない。ただ白い風景に包まれていて何だか手抜き臭い。
夢である事を確かめるように足元を踏んでぐにゃぐにゃしていると、
「よう」
突然背後から声をかけられた。
振り向いた先に立っていたのは、
「ようやく会えたな」
スレイだった。
右手を軽く上げ、こちらに挨拶をしている右頬に大きな刀傷のある男は、俺がかつてゴブリンの目で、ドラゴンの目で、そしてスレイの目を通して鏡で見た姿そのままだった。
目の前にスレイがいる。では今の俺は何なのだ。改めて自分の姿を見るが、焦点が合わずぼんやりとするだけで何もわからない。ここだけは変に夢っぽい。
「とうとう文句を言いに夢に現れたか」
俺が冗談めかしてそう言うと、スレイは「まあそんなところだ」と苦笑する。
「どうやって夢に出て来た。お前の意識は完全に俺が支配下に置いているはずだが」
「俺にもよくわからんが、どうやらほんの少しずつではあるが、脳が回復しているようだな」
「馬鹿な。脳にそんな機能は無いはずだ」
「脳の専門家のお前が言うならそうなんだろうな。だが思い返してみろ。俺がお前を取り込むために、何をどうしたか」
言われて思い返す。俺がスレイの体内に侵入するのに経由した、普通ではありえない行為を。
「まさか――ドラゴンの脳か!」
「それぐらいしかないだろうな、こんなでたらめな話」
だがそうだとすると辻褄が合う事がいくつもある。廃材が頭に当たって大ケガしたはずが無かったかのように治癒していたり、邪神官が放った疫病の霧が俺にだけ効果が無かったり。この異常とも言える回復力は、ドラゴンの血肉によるものとしか考えられない。そしてドラゴンというでたらめの象徴なら、それを食った奴の脳を回復させてもまったくおかしくない。
「しかし、だとしても俺の触手が絶えず脳に接続しているんだ。いくらドラゴンの治癒力でも回復する暇が――」
いや、絶えずじゃなかった。今まで何度かスレイの脳から触手を解除し、俺自身が離脱した事があるじゃないか。その僅かな時間に、ドラゴンの超回復力によってスレイの脳が回復していたとしたら。
「これからは用心しろよ。俺の脳が全快したら、もうお前の居場所は無いんだぜ」
そう言って、夢の中のスレイはにやりと笑った。