第百三十話 終戦
俺たちの心配に反して、バロンたちの許に徴兵隊は来なかった。それが遅延によるものなのか、政治的な理由によるのかは俺たちには知る由もないのだが、どちらにせよバロンは来たら断ると確約してくれた。それさえわかれば、後はどうでもよかった。
だが俺たちが徴兵隊について一喜一憂しているのを嘲笑うかのように、事態は誰も予想しなかった方向に展開した。
なんと早くも戦争が終結したのだ。
その報せを聞いた時、あまりにも突拍子が無いので誰もがデマだと思った。或いは敵の流した偽情報、はたまた国民を楽観的にさせるためのお上の情報操作だと。
しかしながらそのどれもがはずれ、百年戦争と揶揄されたこれまでの小競り合いは何だったのか思うほど呆気なく隣国は制圧された。
その原因としてまことしやかに囁かれた噂がいくつかある。
これまで徹底抗戦派だった大臣のうち何人かが、何故か急に手のひらを返したように降伏を提唱しだしたという。
さすがにそれだけでは王も納得しなかったというが、ある日彼も急に人が変わったようにこれまでの好戦的な自分を恥じて降伏をしようと言い始めた。
王と大臣の不可解な心変わりに宮廷は荒れ、武官文官入り混じっての大抗争になったという。
そうして表と裏の両方で血を流し尽くした挙句、今回の戦争終結に至ったのだそうな。
俺はこの噂を聞いて、遂にセンキたちが他の国に手を出し、そしていとも容易く手に入れたのだと気づいた。
きっと戦争のどさくさに紛れて虫を持った人間を隣国に送り込み、王宮で力を持った人間に寄生させたのだろう。捕虜交換など、いくらでも方法はある。そして降伏という形で国を明け渡すように仕向けた。戦争は最初からこの計画のための下準備だったのだ。
何と恐ろしい……。いや、恐ろしいのはそれだけではない。隣国を手中に収めた今、奴らの戦力は二倍以上になったと考えていい。つまり次に同じ事を他国に仕掛けるにしても、倍の戦力が使え、倍の標的を狙う事ができるのだ。
こうして戦力がどんどん倍加していったら、世界がセンキたちの手に落ちるのは時間の問題だ。
参ったな……。
センキから話を聞いた時は余りにも荒唐無稽で現実味が無かったので絶対無理だと高をくくってたが、こうして見事に最初の一歩を踏み出されてしまうと、何だか本当にできそうな気がしてくる。
いや、俺の認識が甘かっただけでセンキは最初からやり遂げる気満々だったのだろう。そうなると、遅かれ早かれ奴の計画通りに世界は虫に支配される。そして虫の数より多すぎる人間は家畜のように間引きされるのだ。
その始末される人間の中に、うちの領民たちが入らないという保証はどこにも無い。それどころかコングやホーリーたちだってその範疇に入っているのだ。
今まで俺は自分たちの領地や仲間さえ平和ならそれでいいと思っていたが、どうやらこのままでは世界が大変な事になってそうも言っていられなくなりそうだ。
つまり、決断する時が来たという事だ。
このまま何もせずに世界が変わるのを見守るか。
それともセンキの馬鹿げた行いを止めるか。