第百二十八話 やっちゃったねえ
それから三日もすると、三人とも起き上がれるほど回復した。食事もそれぞれの部屋に運ぶ事もなくなり、再び全員揃って食堂でとれるようになった。
たった数日の事なのに、こうして集まって食事をとる事がずいぶんと久しぶりのように思える。みんなも俺と同じ事を思っていたのか、お互いの顔を見てほっと安堵の表情を浮かべている。
ただ一人ホーリーだけが何日も台所に立てない事に不満を抱いているが、さすがに病み上がりですぐに家事をさせるわけにもいかないので、あとしばらくは有志のご婦人たちによる差し入れで我慢してもらおう。
「それにしても、厄介な敵だったね」
まだ熱によるだるさが抜け切っていないのか、いつも以上にやる気のなさそうな声でルーンが言った。
「まさか領主を殺してまで領民を徴兵しようとするたあな」
病み上がりとは思えない食欲を発揮するコング。身体が大きいとどんな状態でも必要とする食料が常人の数倍あるんだな。
「それだけ戦争が激化してるって事なのかな?」
戦地で散る命を憂いているのか、ホーリーは小さく溜息をついた。
「正規兵だけでは兵が足りないという事は、そうなんだろうな」
「けど、どうして王様はいきなり戦端を開いたりしたんだろう? 確かに隣国とは今までも幾度となく戦争してるけど、ここまで大々的にやる必要なんて無いと思うんだけどなあ」
ルーンの疑問に、コングたちが考えこむように唸る。まあ考えたところで答えが出せるはずもない。ただ一人、その原因に心当たりがある俺以外は。
「まあ始まっちゃったものはしょうがないとして」
そこで一旦言葉を止め、ルーンは心底気が重そうに言う。
「やっちゃったねえ……」
彼女の嘆息を、コングとホーリーの長い溜息が追いかける。
まあ王都から来たという事は、あの徴兵隊は王命を受けていたのだろう。それを断るだけでなく返り討ちにしてしまった俺たちは、どう贔屓目に見ても謀反人である。今すぐにでも地位と領地を剥奪されてもおかしくない。
しかしだからといって言われるままに領民たちを差し出すか、と問われれば答えは全力で否である。
それは俺だけでなく、他の三人も同じだった。だから彼らが今悩んでいるのは、自分たちのこれからの境遇ではなく、領民たちのこれからである。
そして忘れてはならないのが、俺たちはもう孤独な領地ではないという事だ。
そう、バロンとの同盟である。
俺たちがやっちまったのはいいとして、このままでは運命共同体である北の領地に迷惑がかかる。それだけは何としても避けたい。
「とりあえず、手紙を書いてみるよ」
「徴兵隊がうちにも来たって事は、きっとバロンの所にも行くはずだからな。その辺りの事も書いておいたほうがいいぞ」
「そうだね。先走っちゃったお詫びとともに、その情報も伝えておくよ」
「もし咎がそっちにも行きそうだったら、遠慮なく同盟を破棄してくれ」
「それも書いとく」
そう言ってルーンが手紙をしたために席を立とうとすると、玄関がにわかに騒がしくなってきた。
「またか」
俺が椅子から立ち上がると、
「もういいって言ってるのにねえ」
ルーンがまんざらでもないような顔で言う。
「そう言うな。みんなお前ら事を心配して毎日来てくれてるんだぞ」
コングたちが邪神官の魔法で倒れた後、毎日領民たちが見舞いに来てくれていたのだ。
「早く良くならないとね」
ホーリーがにっこり笑って言う。
「そうだね」
「ああ」
ルーンとコングが照れくさそうに言うのを聞きつつ、俺は玄関へと向かった。もうすっかり良くなったと言ったら、彼らもきっと喜ぶだろう。そう思うと自然と足が早くなる。




