第百二十ニ話 疫病の霧
領民たちの助けを借りて、コングたちを屋敷に運び込んだ。
この時点で全員発熱し、一番最初に倒れたルーンに至っては意識がなかった。産まれてこの方風邪なんかひいた事なさそうなコングでさえ、自分の力で指一本動かせないほど弱っていた。
村に唯一人の医者――と言ってもよいのかわからない爺さん――を大至急呼び、診てもらう。これで俺にできる事はもう何も無い。むしろいたら邪魔になるというので、独り食堂で診察が終わるのを待っていた。
診察が終わるまでの間、俺は考える。
どうして俺だけが今もぴんぴんしているのか。
そして一つの結論に至る。
それは、俺が虫だからだ。
寄生虫はただ宿主に寄生しているだけではない。虫によっては、宿主を外敵から守るために様々な恩恵を与えるものもいる。
例えば宿主の免疫機能を上昇させるのもその一つだ。
体内にいる虫が宿主の体調不良を察知すると、虫自身が免疫機能を上げる成分を持った体液を分泌し、宿主の健康状態を維持するのだ。そうして宿主を守る事が、結果的に虫自身を守る事に繋がる。寄生虫は宿主あっての虫だから、宿主を守る事が即ち自己防衛となるのである。
今回はその例が、スレイの身体で起こったのだろう。邪神官が放った毒の霧を吸い込んだが、俺自身が分泌した体液によってスレイの身体は守られた。だから今こうして何事もなくいられる。
だがコングたちはそうではない。
虫のいない彼らは、邪神官の毒霧によって身体を蝕まれ、今もこうして苦しんでいる。祈る神も医術の知識も無い俺に、できる事は待つ事だけだった。
どれくらい時間が経っただろう。窓を見れば陽がもう落ちかけているから、結構な時間こうしていたのだろう。
治療はもう終わったのだろうか。そう思っていると、爺さんが食堂に入ってきた。
「みんなは――」
「すまんのう」
俺がコングたちの容態を尋ねる前に、爺さんは首を横に振った。
「わしなりに手を尽くしてみたが、魔法によってかかった病気はどうにもならん」
「え……?」
病気? どういう事だ。邪神官が使った魔法は毒の霧じゃなかったのか。それに術者を倒して魔法が解除されたのだから、毒の効果もじきに薄れていくはずだ。
だが爺さんの言葉は、俺の考えを全て否定する。
「三人の身体を調べてみたが、ありゃあ毒の症状じゃない。強いていえば、たちの悪い疫病に罹ったのに近い」
「病気だと」
「そうじゃ」
しまった。俺はまたとんでもない勘違いをしていた。最初にルーンが血を吐いて倒れたからてっきりあれは毒の霧だと思い込んでいた。
「それじゃあどうやったら治るんだ?」
「魔法は専門外だが、魔法によってかかった病気なら、それを治すのもきっと魔法なんだろう。すまんがわしにはこれ以上できる事はない」
そう言うと爺さんは自分の無力さに嫌気が差したという感じに溜息をついた。
魔法でかかった病気なら、治すのもまた魔法だと?
その魔法が使えるホーリーが、今病気なんじゃないか……。




