第十二話 ゴブリン観察日記
息を殺して見ていると、洞窟から次々とゴブリンが出て来た。
ゴブリンたちは狭い洞窟から広い外に出ると、縮こまった身体を伸ばすように手足を広げたり、カビ臭い湿った洞窟の臭いを体内から追い出そうと、新鮮な夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
やがてボスらしき一際身体の大きなゴブリンが号令をかけると、他の者たちは弾かれたように集合した。
それからいくつかやり取りを交わし終えると、ボスを先頭に移動を始めた。俺は奴らに気づかれないように、風向きに注意しながら相当の距離を取って後をつける。
夜の森をしばらく歩いていると、再びボスが号令をかけた。一同がその場に立ち止まる。
そこには、見渡す限りリンゴの木が立ち並んでいた。どの木のどの枝にも真っ赤なリンゴが実をつけ、夜風に甘酸っぱい芳香を運ばせている。
どうやら今日は狩りではなく、リンゴを採りに来たようだ。まあ狼だって毎日狩りをするわけではないし、時にはこうやって木の実や魚を採ったりするので、ゴブリンにもそういう日はあるのだろう。まあいい。狩りを見れなかったのは残念だが、これはこれで奴らの生態を知るいい機会だ。
ゴブリンたちはボスの号令で一斉にリンゴの樹に取り付くと、器用に登って枝からリンゴをもぎ取り始めた。そして無造作に下に落とすと、待ち構えていた他のゴブリンがそれを受け取る。
しばらく樹の上と下で分かれて作業していると、集めたリンゴの数は結構なものになった。ボスはそれを見て満足そうに頷くと、また号令をかける。
すると樹に登っていたゴブリンたちがするすると降りてきて、下で受け止めていたゴブリンたちと合流する。その間にボスは集めたリンゴの山から見事に赤く熟れたものをいくつか掴むと、むしゃむしゃと頬張り始めた。
他のゴブリンたちが羨ましそうに見守る中、ボスは満足するまでリンゴをむさぼる。どうやらゴブリンたちの構築する社会にも、狼のような序列があるらしい。最も地位の高いゴブリンが先に食料を食べている間は、他のゴブリンたちは黙ってそれを見ていた。
ようやく腹が満ちると、ボスゴブリンは他のゴブリンたちに許可を出した。
序列二番目のゴブリンがリンゴの山から好きなだけリンゴを取り、次に三番目の奴がそれに続く。そうしてゴブリンたちは順番に山からリンゴを取っていき、その日はそれで終わった。
結局ゴブリンの戦闘は見れなかったが、彼らの社会性の一部と生態を観察できた。特に二足歩行する事によって自由になった前足に道具や武器を持たせているのには驚いた。これにより、狼を始め四足の身体に見切りをつけるきっかけになったのが、今回の一番の収穫ではなかろうか。




