第百十六話 初めてのお留守番
「それじゃあ行ってくるぜ」
「戻るまで大人しくしててね」
「お鍋は一日一回は必ず火を入れてね。でないと傷んじゃうから。あと一度に食べ過ぎないように」
翌早朝。
それぞれ好き勝手な台詞を残して、コングたちはうきうきと町へ買い出しに向かった。俺は三頭の馬が引く大きな荷車を見送る。やがてその姿が見えなくなると、唐突に独りになったという感覚が襲ってきた。
「ふむ」
何とも懐かしい感覚だが、孤独感に浸っている暇は無い。これでも一応領主だし、領主は忙しいのだ。
日が昇ったばかりだが、俺は見回りに出かけた。領民たちは農民が大多数なので、この時間でもとっくに動き出している。彼らの様子を伺い意見を聞くのも領主の勤めだ。
自分の馬に乗って領地を歩いていると、田畑が見えてきた。そしてその中で立ち働く領民たちの姿も。
農作業をする領民たちの中に男の姿が減ったのは、やはり気のせいではないだろう。このところの戦、特に前回の戦で戦闘員である男に戦死者が続出している。
働き手であり一家の支えである男を失った家は、深い悲しみだけでなく今後の生活の不安にも襲われる。領主はそういった家に目と気を配り、彼らが生活に困らないように援助してやらなければならない。
あぜ道を歩く俺の姿を見つけ、領民たちが作業の手を止めて挨拶してきた。彼らは俺に深々と頭を下げるが、果たして俺はそれに値するのだろうか。彼らにとって良きボスだろうか。例え今はそうでなくとも、そうありたいと努力するのは続けたいと思う。
馬を降り、彼らと会話する。何気ない世間話の中からでも彼らの名前や家族構成など重要な情報が頻出する。それらを記憶し、領地内にどれだけ領民がいてそれぞれがどんな家族構成をしているのかを把握しなければならない。
ちなみに同じ事をルーンが書面にまとめてくれている。彼女は他にも事務仕事全般を受け持ってくれているが、俺やコングとは対称的にほとんど領民たちとは接触しない。だがそれは彼女が彼らを避けているのではなく、彼女がハーフエルフであるという事が大きな原因だ。エルフやドワーフなどの亜人や半亜人に対する偏見や差別などの意識は、僻地に行くほど強く凝り固まっている。そういったもので無駄な軋轢を産むのを避けるために、彼女はほとんど屋敷から外に出ないのだ。
ともあれ、この日も会話の中で新たな戦死者と遺族が判明した。後日ルーンに報告して報償などを決めなければ。
こうして数日は何事も無く過ぎた。
そしてある日の昼。見回りから帰って来て、昼飯を食おうとホーリーが作り置きしてくれた鍋の蓋を開けて中身の少なさに途方に暮れていると、領民の一人が慌てて屋敷に駆け込んできた。
話を聞くと、王都からの使者が来たらしい。早急に領主と話がしたいというので、仕方なく俺は昼飯を諦めて村の入口へと向かった。
村の入口には、小さな人だかりができていた。俺が近寄ると人垣が開け、一人の文官らしい小男とそれを護衛するような騎兵が十人ばかし馬に乗って偉そうにふんぞり返っていた。
「お前がここの領主か?」
小男が俺を見て尋ねる。
「そうだがあんたは?」
俺の態度が気に入らなかったのか、小男は舌打ちを一つすると悪態をつくように言った。
「我々は王都より派遣された徴兵隊だ。ただ今よりこの村で兵を徴収する」




