第百八話 跳びます飛びます
空気を切り裂く音とともに、空から岩が降ってくる。本来なら城や砦を破壊するために用いられる兵器が、たった三人に向けて牙を剥く。
岩が目視できる距離まで来た。感覚的にそう遠くない場所に落ちると感じる。どうやら敵には腕のいい観測手がいるようだ。
だがそうはさせない。
岩が落ちなければ投石機なんか恐くないのだ。
「コング!」
「おう!」
俺の合図でコングは打ち合わせ通りの体勢を取る。腰を落とし、両手を組み合わせて腰の前に突き出す。
「行くぞおっ!」
俺はコングに向かって全速力で駆け出した。待ち受けるコングに突進する勢いで走り込み、突き出された両手の上に足をかける。
「ふんがっ!」
瞬間、コングが全力で両腕を振り上げて俺を空にぶん投げた。俺の身体は小石のように上空高く跳び上がる。
飛んでる。俺いま空を飛んでる。そう言えば空を飛ぶのっていつ以来だろう。ドラゴンだった頃かな――などと走馬灯じみた思い出に浸っている場合じゃない。
目の前に岩が迫ってきた。これが落下したら呪文詠唱中で無防備なルーンが死んでしまう。
「させるかぁっ!」
抜刀十閃。俺は剣を抜くと同時に岩に向かって十回斬りつける。一瞬で縦横斜に切り分けられた岩は、空中で分解した。それでもまだ拳くらいの大きさはあるがこれで充分。
さて、あとは着地なんだが……。さすがに雲に手が触れそうなほどの高さだと、受け身じゃ限界というものがある。当然それはいくら脳内物質で肉体を強化しても同じ事である。
「うおおおおおお!」
上に向かって放り上げられただけの飛行は、あっという間に自由落下に変わる。頼むぞ。打ち合わせ通りにやってくれよ。俺はそう願いながら落ちる。物凄い速度で地面が近づいてきた。危ない。ぶつかる。俺がもう駄目だと目を閉じかけたその時、
「どっせええい!」
ぎりぎりのところでコングが俺を受け止めた。間一髪じゃないか。もうちょっと余裕を持って受け止めてくれよ、死ぬかと思っただろ。
「そう怒るなよ。こちとらけが人なんだぞ」
「煩い。人を空高く放り投げるけが人がいてたまるか」
憎まれ口を叩きつつ、ちらりとルーンのほうを見る。彼女は俺たちの馬鹿騒ぎには目もくれないで呪文の詠唱に集中している。どうやらまだ少し時間がかかるようだ。
そうこうしているうちに投石の第二弾が装填される音が聞こえる。やはり一発防いだぐらいじゃ間に合わなかったか。
「スレイ、行くぞ」
コングは俺を地面に下ろすと俺が助走をつけやすいように距離を取る。はいはいわかったよ。行けばいいんだろ行けば。んじゃちょっと行ってきます……。
二発目の投石もどうにか防ぎ、着地も何とか成功した。さすがに二発も防がれたら敵も投石が通用しないと気づくはずだ。そして投石が止まっている間にルーンの呪文が完成すれば俺たちの勝ちだ。
――となれば最高だったのだが、どうやら世の中思った通りに事が運ぶほど甘いはずもなく、
「お、おいスレイ……」
「あ~やっぱそう来たか……」
弓矢も投石も通じないと判断した敵軍は、今度は数にものを言わせて攻めて来た。
ま、こっちは三人しかいないんだからそうなるわな。




