第百六話 その男、コング
最後の望みであるルーンの魔法は、残念ながら射程の短さと呪文詠唱時間の長さがネックとなり本人に却下された。
何とかルーンを射程範囲内に連れていけないかと考えたが、盾役のコングが負傷退場している今はどうにもならない。いや、仮にコングが負傷してなくても、たった一発防ぐのに命がけなんて馬鹿な真似はもうコングにはさせられない。
ともあれ、万策が尽きた。せめて投石機さえ何とかなれば勝機はあるのだが、その何とかする方法や力が今の俺には無い。
無念だ。ドラゴンを殺せる男の身体を持ちながら、今の俺は果てしなく無力だ。所詮ヒトは一人では何もできないのか。
その時俺の中でセンキの言葉が思い返される。
『所詮個がどれだけ強くなろうと、組織には到底敵わん』
全くもってその通りだよこん畜生。俺が自分の無力さに歯噛みしていると、
「なにしけたツラしてんだよ」
コングが大きな手を俺の頭に置いた。
「コング……」
見れば、コングは全身包帯だらけだった。だがあれほど酷かった両手足の骨折は、今はどうにか自力で歩けるほどまで回復している。さすがホーリーというべきか、コングが化け物じみた回復力をしているのか。
「話はだいたい聞かせてもらった。要はルーンを魔法の届く場所まで無事送り届け、呪文を唱え終わるまで守りゃいいんだろ?」
まさか、と俺は厭な予感がする。
「また自分が盾になる、なんて言うんだったら俺は止めるからな」
コングはそう言った俺を見て驚いた顔をした後、すぐに自嘲するような顔で鼻を鳴らした。
「さすがの俺様もあれをもう一発止めるのは無理だ。だいたい、さっきので盾がおしゃかになっちまった」
コングの盾は特別製だ。あれだけ巨大で分厚い鋼鉄の盾を使える人間は他にはいないし、今まであれで防げなかった攻撃はなかった。なので当然替えなんか無い。
「じゃあどうするんだ」
「俺に考えがある。後はルーンとお前次第だ」
「俺?」
意味がわからず眉をしかめる俺に、コングは意味ありげな笑みを浮かべた。
屋敷の外に出て馬に乗り、背後を振り返る。
俺の後ろには同じく馬に乗ったコングと、
「うう、やだなあ……」
白い顔をさらに白くしたルーンがやはり馬に乗っていた。
「安心しろ。お前は絶対に俺たちが守る」
「そりゃあんたたちの事は信用してるけどさ、相手はあの投石機だよ。さすがに今回はちょっと無茶が過ぎるんじゃないかな」
「無茶だろうが何だろうが、ここで踏ん張らなきゃ全部終わりなんだ。つべこべ言わずにさっさと行くぞ」
そう言うとコングはルーンが乗っている馬の尻を力いっぱい平手で叩いた。
ぴしゃりと軽快な音がして、痛みに馬がいななく。後ろ足で立って前足で何度か宙をかくと、馬は素晴らしい速度で駆けていった。ルーンの悲鳴がどんどん小さくなる。
「……お前は鬼か」
「さ、俺たちも行くぞ」
平然と馬を走らせるコング。俺はまだ何か言おうと思ったが、諦めてコングともう見えなくなったルーンを追いかけた。




