迎撃
防御を実演した命には下がらせ、次の者の名前を美鶴は呼んだ。
「次、迎撃。陸奥、来い」
「はい、先生。よろしくお願いします」
呼ばれた昴が命と交代で生徒達の前に出る。
「お見事、命ちゃん」
「ありがとう、昴君。頑張ってね」
昴の感嘆の言葉を受け取り、命は微笑みを浮かべた。
そんな二人のやりとりを特科の生徒達は羨望の眼差しを向けていた、一人を除いて。その一人はただ穏やかに、口角を少しだけ上げて二人を見つめていた。
まどかは前の二人と隣の一人を見て、誰も気付かない程小さな溜息を吐いた。
親友である薫子の恋路が思っていた以上に大変だと憂いてしまうまどかだった。ちなみに彼女自身はもう当事者ではない。特科のプリンスへのアタックなど入学して二週目で諦めた。
そんなまどかの気持ちも他所に昴が位置についた。同時に彼女の師匠が口を開く。
「次は迎撃だ。陸奥」
「はい、やれます」
「頼もしい限りだ。よし、私の紙飛行機を全部撃ち墜とせ。夜叉丸を使っても構わないぞ。ただし成績は下げるがな」
「ご冗談を。皆に術士としての戦い方を見せるのに式神を用いては駄目でしょう。僕自身の実力を過小評価しないで下さい」
「よく言った。十文字流鬼紙、飛べよ」
いつの間にか美鶴の両手には指に挟まれた合計八つの、子供が初めて折紙で作って飛ばす簡単な作りの紙飛行機。それら全てが彼女の命に従いバッと彼女の両手から飛び立った。まるで空母のカタパルトから発進する戦闘機の様に。
八つの紙飛行機は一つ一つ別々の動きを取っていた。一つは大きく旋回し、また一つは小さく何度も。ジェットコースターの様にアップダウンを繰り返すのもあれば、アクロバット飛行をしている物もある。
そんな紙飛行機にも一つ共通点があった。それら全ての標的は六本の指環を嵌めた両手で構えを取る少年、昴。
八つの内三つが突然機首を昴に向け突撃、彼に襲いかかった。速い。
「六式退魔術、撃魔の章、六魂」
六本の指環に付いた宝玉それぞれから三十センチ大のエネルギー球体が放たれた。球体は昴の周りを高速で回る。
球体六個の内二個が昴から離れ、彼に突撃する紙飛行機三つを迎撃した。
球体に接触した美鶴の紙飛行機は呆気なく消滅する。そして、また昴の元に戻って再び彼の周りを回る。
自在に動き回るこれら六個の球体が六式退魔術における基礎中の基礎、六魂である。
基礎という言葉でこの術を侮るなかれ。六式退魔術の中で術者の実力が最も反映されるのがこの六魂なのだ。霊力の強さは攻撃力に、技術の高さは機動力に。攻めにも守りにも適した汎用性。
突出した力は持たないが、術士である昴が最も信頼を置く術だ。
「腕を上げたな。数ヶ月前までならそいつを三つ四つ使わないと私の紙飛行機を墜とせなかったが。顕著な成長だ、頑張ったな」
「はいっ!」
「じゃあ残りも全部墜とせ。だが、私も簡単には墜とさせないぞ。隙が一瞬でもあらば、お前の体に飛行機が突き立つぞ」
空中で六魂と紙飛行機が激しいドッグファイトを繰り広げる。
まどかを除いた一年生の目は空中での派手なバトルに釘付けだ。彼女と二年生は地上の二人の術者にも真剣な目を向けて戦闘全体の推移を見守っている。
「飛行機全てに六魂を相手させながら私にも警戒を怠らない。さらに向こうで待機させてる鳥にも注意を向けているな。
術士としては一人前だ、陸奥。お前の実力ならばトップレベルの術者達に混じっても、遜色はないだろう。
さて質問だ。迎撃での護身にはどんな欠点がある」
「極度の集中での消耗です、先生。防御的迎撃だけではなく全体的に退魔術といった超常の力をコントロールするには集中力が要です。
ですが、少しのミスが死に繋がる実際の戦闘では緊張で授業での訓練とは比較にならない程の集中を要求されます。
そして、極度の集中は体力、霊力共に消耗を速めます。消耗すれば集中力が切れて戦闘中にミスを誘発します。
なので、術者は集中力を鍛える必要に迫られます。ただ高く、持続力のある集中は一朝一夕で身に付くものではありません。毎日の訓練を怠らず、修業を積めば自ずと身に付くでしょう。
それから白兵戦の訓練も忘れてはいけません。人外にも術者にも接近しての攻撃を得手としている者もいますから、こちらもそれらの攻撃に対応出来る準備があればこちらの勝利は確実です」
「陸奥、そう言うお前は接近戦でも大丈夫なんだな?」
「はい、大丈夫です。ところで先生」
「何だ?」
「先程命ちゃんにされた不意打ちを僕にはされないのですか?」
「するか。不意打ちが来ると分かっている奴に不意打ちをしてどうする? するんならもっと早くにしている。この迎撃では生徒達に迎撃で必須の集中力とコントロールを見せたかったからな。術のコントロールに関して現時点では陸奥、お前が一番だよ、伏竜の生徒でな」
紙飛行機の最後の一機が二つの六魂に挟み撃ちで撃墜された。美鶴と昴の間の空間に残ったのは一つも欠けなかった六魂だけだ。
「よし、対応も説明も完璧だ。陸奥、御苦労だった。下がっていいぞ」
「ありがとうございました」
洗練された所作で昴が一礼をすると彼の周りの六魂が全て光の糸が解ける様に消えていった。その幻想的な光景に女子生徒は魅了されてしまっている。
男子の一部は嫉妬と敗北感が入り混じった目で昴を睨む。彼らのそんな姿は情けないの一言だ。
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