防御
「最初の防御は、神前。来い」
「はい」
指名された命はきびきびとした歩みで皆の前に出る。
美鶴も列で並んだ他の生徒達から五メートル程離れ、命も続いた。
立ち止まった二人の距離もほぼ五メートルで向かい合う。
「神前、いきなりで悪いな。やれるか?」
「もちろんです、先生。遅れると思って弾丸くんを探しながら体は温めておきました」
「よろしい! 御繰屍、針」
美鶴はジャケットのポケットから細く長い糸状の物を一本取り出した。
黒い髪だ。
その力無く垂れていた一本の髪が一瞬で伸ばした針金の様に真っ直ぐになった。キラッと黒く輝く一本の鋭い針だ。
硬質化した髪の針を指で挟んだ美鶴の手が手首の先だけ、ふっとぶれる。
刹那、カッという硬い音が命の一メートル手前から響くのが聞こえた。
生徒達の視線は全てその音源を捉えていた。彼らは皆、何が起こったのかを既に理解している。
美鶴の手にあった髪の針が静かに立つ命の一メートル前の空中で、桜色に淡く光る薄い何かに当たった事で発生した音だった。
投擲された針は阻まれ、目標である命には届かず、闘技場の床面に虚しく落ちた。
美鶴の針を阻んだのは命が眼前に張った術式による盾。
「神前、優しいにも程があるぞ。お前ならその程度の盾なら霊視でも極度に集中して注視しないと見えない、不可視の物にも出来るだろう。ひよっこ共を甘やかすのはほめられんぞ?」
「流先生が仰ったんじゃないですか、デモンストレーションだと。デモンストレーションはちゃんと見えなければ。私はそれに従っただけですよ」
「もしこのひよっこ共が神前、お前と同じ高レベルの、世界に違和を感じさせない結界を張れる者が敵だった時を考えれば、その訓練も今させるのが合理的ではないのか?
私をも欺せる力を持つお前と共に学べる希有な機会がこいつらにはあるんだからな」
「それを先生が教える時が来ましたら、私も先生に協力し、皆さんにご覧に入れましょう。
ですが本日の授業はそうではない。一年生の中にはこの伏竜に入学して初めて世界の真実を知り、退魔を学び始めた子達もいます。
ならば分かり易い様にお手本を提示するのが先達の役目、ではないでしょうか?
私は私が今まで研鑽してきたこの力を誇りに思うことはあっても、ひけらかしたり傲ったりすることなど、決してありえません。
私達の力は人々を護る為に。ここにいるみんなが人々を護り、絶対に生き残れる様になる為に。流先生がそうおっしゃったんですよ?」
「全く非の打ち所がないな、神前は。その清廉さ、私よりもよっぽど教職に向いているんじゃないか?」
「そんな。最高のお褒めの言葉です、先生」
「話を戻すぞ。神前、術に因る防御の短所は」
「それは―――」
命が答えようとした瞬間、ガラスが割れる様な音が大きく響いた。そして、またカッという音。ただ今回は前回と比べて少し違う。音源である髪の針が見えない壁の様な物にぶつかり、床に落ちず、ボッと燃えて消えた。
「―――防御で発動した術よりも単純に強い力、もしくは今し方先生が為さった貫通の属性を付加して術を破壊、無効にしてしまえば術者自身がそのまま攻撃に晒される事になります」
「御繰屍、針、貫。
完璧だ、神前。返答も今の不意打ちへの対応も。
しかし、一本取られたな。私も今のはお前がいつ次の陣を張ったのかが分からなかった。私が例えもっと強いのでその陣を砕いたとしても、第三の術が既に用意されているんだろう。しかも神前特有の祝詞も上げてない低出力の術で私の針を防いだのには感銘を覚えたぞ」
「はい。そこまでお見通しとは、感服致しました」
「それこそ私の台詞だよ。訂正しよう。お前なら先の盾どころか強力な結界も世界に違和感を生じさせる事なく発動出来る。
そこで見ているお前ら、特に術での防御が性に合うと考えている奴、神前とこいつの努力を見習え。絶対に強くなれると私が保証してやる」
美鶴は手放しで命を褒めた。基本スパルタ教育で厳しい彼女には珍しい事だ。
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