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授業

 伏竜ふくりょう高校の地下は二階あり、上下どちらの階も同じ構造になっている。

 闘技場。シャワールーム。教室。医務室。研究室。闘技場を中央に他の施設四つが四方に配置されている。

 地下一階、闘技場。

 運動着に着替えた二十人の生徒達が二列横隊になって並んでいる。特科とっかを受講する一年生と二年生だ。

 生徒達の前に立つのはショートレングスのダークスーツを着た、膝の裏まで伸びた濡れ烏の髪を持つ一人の美女。

 ながれ美鶴みつる

 特科の講師であり同時に日本史の授業でも教鞭を執る現役の退魔師たいましだ。退魔師とは弟子を持つ退魔士たいましだけがそう呼ばれている。

 講師達のほとんどが既に現役を退き特科だけを教える中、特科でも一般でも教職をまっとうする現役の退魔師は美鶴だけだ。他にも一人現役の講師がいるが、特科だけを教えている。

 美鶴の授業は一般生徒達にとても人気があり、退魔師としての腕も折り紙付きである。


「遅いぞ。早く並べ」


「ごめんなさい」


神前かみさき、謝らなくていいぞ。どこかで隠れて私の授業にサボタージュをかまそうとしていた不届き者を探してきたんだろう。ご苦労だった。

 おい、そこの。謝罪はどうした」


 美鶴の鋭い叱責しっせきの声がみことの隣を歩く弾丸だんまるに飛ぶが、彼は聞こえなかったふりをして後の列に並ぶ。

 弾丸のそんな態度に美鶴は口角を上げて笑みを浮かべる、目は全く笑っていないが。


「ダンガン先輩、良いんデスか!? 師匠、アレ完全に怒ってマスよっ。アタシが修業でもう限界っスって嘘()いて弱音をいた時と同じ顔をしていマスっ」


 弾丸の隣、立葵たちあおいの飾りがあしらわれたヘアピンを着けたセミロングの少女が彼に一部変な発音で話し掛ける。心底慌てた様子だ。


「黙ってろ。指されるぞ」


 隣には目も向けず忠告した。

 弾丸の視線の先には書き終えた出席簿をホバリング中のバスケットボール大の紙の鳥に持たせる美鶴がいる。

 紙の鳥は美鶴から渡された出席簿を抱えたまま闘技場の隅にさっと飛んで行き、その場でホバリングを再開。彼女の実技の授業が終わるまでそこで待機しているのが常だ。


「さて、楽しい楽しい実技のお時間だ。スポーツで体を動かすと気持ちいいように、術をぶっ放すと超気持ちいいのは以前から教えた通りだ。

 だが、見境なく、衝動に任せて、己に備わった超常の力で他者に危害を加えるなど言語道断ごんごどうだんもってのほかだ。

 伏竜の特科は才能を見つけ力を付けさせる為だけの場ではない。己が天賦てんぷの才を律し、みがき、退魔を学び、生きる術を得て、人々を護る将来の戦いに備える為の場だ。

 新入生の諸君、特科の授業が始まってから私が口を酸っぱくしてまでこの事を言うのも今日で最後だ。次に聞くのは来年、君達の後輩になる新入生が先輩になった君達と受ける最初の私の授業だろう」


 美鶴はおほんと咳払いを一つ。


「諸君らが誰も落第しなければの話だがな。はーっはははははは」


 折角の美人を台無しにする程の大笑いを上げる美鶴を見て、弾丸は教師である彼女が問題を起こして解雇(クビ)になる可能性は低くないと内心で笑う。


「今失礼な事を考えた弾丸、遺書を用意しとけ。では、授業を始める」


「よろしくお願いします!」


「まずは昨日の座学の復習。化け物や敵対する術者、人外共からの攻撃の受け方は何だ。まどか、答えろ」


「は、はイ、師匠っ!」


「授業中は師匠と呼ぶんじゃない、先生だ。早く答えろ」


 指されたのは弾丸に先程話し掛けた隣の女子生徒、さかきまどか。今年入学した一年生であり、特科に入るまでは霊感があるだけの一般家庭に生まれた普通の女の子だった。

 ビクッと反応したまどかを見て、弾丸はそーれ見た事かといった顔だ。


「術を使った防御っ! 迎撃による相殺っ! 単純な回避っ! デスっ!」


「簡潔な答で分かり易い。では、術を使った防御で言った術とは何だ」


「術は退魔に必須である霊力に方向性や意味を持たせて人外への対抗策と成す技術っ! デスっ! 古来より霊力を攻撃防御封印等々と効率よく運用する為に先達せんだつ連綿れんめんと磨き上げてきた邪悪に対抗する人の叡智えいちっ! デスっ!」


「よろしい。テキスト通りなのは気になるが、理解していると評価しよう。その術での防御はどうする」


「防御は相手の攻撃に対し防御陣や結界を張ったりして、こちらには届かせず、受け流したり無力化させる事っ! デスっ!」


「次。迎撃による相殺そうさい


「相殺は相手の攻撃を見極め、それを己の攻撃で撃ち落とす事っ! デスっ! 補足すると敵の攻撃の質や属性、間合いも瞬時に解析判断が求められマスっ! ただし身を守る確実性は術による防御よりも高いと言えマスっ!」


「ほう。最後」


「単純な回避は言葉通り最もシンプルっ! 単純明快っ! 相手の攻撃をただ避けるだけっ! デスっ! 術を使わないので迎撃よりも省エネを超えたノーエネで合理的っ! ただ避けきれなかった時のために術や装備で保険を掛けておくとなお良しっ! リスクも高いがメリットも大きいっ! デスっ!」


「リスクならリターン、メリットならデメリットだと突っ込みたい部分は少々あるが、まぁ及第点だな。私の弟子なんだ、これくらい答えられて当然だ」


「ちョっ、師匠っ! アタシには弟子扱イで評価厳シめ辛口ってズルくないデスか!? アタシまだ一年生デスよっ! 弟子入リだって四月デシたよネっ!? しかも強制っ! アタシ特科に入れたのは嬉シかったデスけど、師匠に地獄を見せラれるなんて承諾しょうだくシてませンっ!」


「授業中に師匠と呼ぶんじゃない、先生だ。弟子扱いして当然だろう、お前は私の唯一の直弟子なのだからな。強制? 恨むんなら自分の素質を恨め。私の術式二種をどちらも扱える素質を持った自分をな。本当にまどかがいてくれて、いや私もラッキーだった。私を祖とした流派を興そうと考えたんだが、両方いける退魔士の卵が見つからなくて。いきなり分派ぶんぱなんてのもどうかと思うし」


 左手を頭の後にやりハーッハハハと口を開けて笑う美鶴。

 そんな師の姿に頭を抱える直弟子がそこには居た。


「でだ、何故私がまどか以外に見つけられなかったのか。ん、高池たかいけ


 美鶴の問いにすぐさま挙手をした二年生の男子が答える。


「はい! 術者が会得出来る術には術者との相性があります。血の系譜けいふを始め、生まれ育った土地、宗教宗派、身体的特徴までの様々な要因で変わります。

 ベーシックな、言い換えるとあらゆる術者が一般的に使えるレベルの術は所謂いわゆるアベレージ程度の出力しか出せず、アウトスタンディングな特徴も持たず、極々平凡なアウトカムしか期待出来ません。

 その点、流派や宗派でデベロップメントを経た術は術者を選び汎用性はんようせいには欠けますが、スペシャルなリザルトが約束されています。

 イグザンプルを出しますと神前さんの無敵とも言える強固な結界、陸奥むつ君の応用力が高い六式ろくしき退魔術がそれです。僕でも道具を使えば結界を張れますが、神前さんの物の足下にも及ばないでしょう。神前さんの術は半神半人の先祖にるところが大きいです。

 六式も六連院ろくれんいんの血、ですね。陸奥君は分家の出とはいえ、歴とした六連院の一員ですし麒麟児きりんじと呼ばれる天才です。僕独自のリサーチだと六式退魔術の使い手は分家では長く失われていたそうです」


「長い。とっとと答えろ」


「はい、すいません。では本題に移ります。

 相性と合った流派の術は強力ですが、術者はそれに縛られてしまうというデメリットが生じます。神前さんは彼女の一族以外には使えない神前の結界術を使えますが、彼女がどんなに優秀でも陸奥君の六式はおろか他の流派は使えません。逆もまた然りです。二つ別の特異な術種は基本使えません。

 しかし、一部には例外も存在します」


 両手の人差し指だけをピンと立たせる。


「流先生こそその例外の一人です。先生が直弟子に選んだ榊さんも含めると二人ですか。先生のご実家は『かみ』、ヘアーを媒介にする術の使い手。ですが先生はご実家の全てを極めた後、『かみ』、ペーパーの流派に弟子入りされ、こちらも極められました。二つの別の系統である流派をどちらもマスター出来たのは先生ご自身の素質もアメイジングであり」


 両方の人差し指を近付けさせ、間を狭める。


「ヘアーもペーパーも日本語では同じ『かみ』という音で近い存在と独自に捉え、両方を極めてしまうというエクセプションなのです。このシナジー効果によって流先生個人としての知名度の方がまあまあ名のある退魔士一族のご実家より勝ってしまい、それが原因でご実家とは半絶縁はんぜつえん状態になっています。あ、これも僕独自のリサーチです」


「余計な事は言わんでいい」


「はい、すいません。ただでさえ不可能に近い二重習得。会得しようとしている二つがあまりに離れ過ぎていると」


 語りながら近付けていた二本の人差し指をすーっと離していく。


「反比例的に習得出来る可能性が限りなくゼロに近付いていく。ワイド・カテゴリーだと東洋と西洋や多神教と一神教。ナロウ・カテゴリーだと」


「ストップ、そこまでだ。掘り下げると収拾がつかなくなる。高池、長いのと意識高い系なのと余計なのとウザいのを差し引いたら合格点だ。ほめてやる」


「はい」


「あの、……先生。今、質問してもいいですか?」


 一年生の女子生徒がおずおずと挙手をした。


「ん、切山きりやまか。いいぞ」


「はい。高池先輩の今の説明の最後に出てた限りなくゼロに近いって箇所なんですが。もし、もしですよ。お互いにすごく離れた体系の術を二つとも覚えられる人がいたとしたら」


「そいつは天才の中の天才だろうな」


 答は前からではなく後からの声で運ばれてきた。

 弾丸だ。


「授業中での発言は手を挙げて指されるか、私が指すまで慎め。

 天才の中の天才は言い過ぎかも知れんが、しかし弾丸の言葉にも一理ある。私もこの業界で長いが、…………幼い頃からだからな。いいな? 一度もそんな芸当が出来た者がいると聞いた覚えはないな。私が知らないだけかもしれないので、いる可能性は否定出来ない。

 これで切山の質問には答えられたか?」


「はい、ありがとうございました」


「さあ、やるぞ。今日は攻撃に対する対処法、先程の三つを訓練するぞ。一年の為にまずはデモンストレーションだ。二年共、出番だぞ」


 美鶴はそう言って、腕を組みつつ思案する。

 二年生の誰にどれをやらせるかを。

明日の更新は22時を予定しています。

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