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登校

 制服のブレザーを纏った少年少女達が登校している朝の風景。

 生徒達が向かう先は私立伏竜(ふくりょう)高校、県下有数の進学校の一つだ。

 しかし、比較的自由な校風で学校指定のタイをしていないだけの簡単なものから、大胆に着崩したり、アクセサリで飾ったり、制服自体を改造したかなり個性的な出で立ちの生徒も何人か見つけられる。反対に制服をきっちり着ている生徒も少なくない。

 そんな生徒達の中に混じって周りの誰も持っていない物、腕章を左腕に巻いた背の高い少年が歩いている。弾丸だんまるだ。彼の姿はタイを外して替わりに昨夜と同じネックレスを首から下げ、ブレザーの左胸には『AAST』と刻印されたバッジを付けている。昨夜とは別のリュックを背負い、何故か左手で工具箱を提げている。後、リュックの口からぬいぐるみがこんにちはしている奇妙な格好だが、これは入学当時からなので誰もつっこんだりはしない。一部の生徒や教師からは変人と思われているが。


「ダンガン先輩、おっはようございまーす!」


柳瀬やなせ、お前か。いい加減そのダンガン先輩って呼び方止めろ。お前の影響で他の一年も俺をそう呼び始めたぞ」


「あたしの影響じゃありませんよ。それから、朝の挨拶をされたらちゃんと返さなきゃダメですよ。ダンガン先輩にこうやって声をかけるレアな後輩女子、あたし以外にいませんよ?」


「よく言うぜ。新入生で最も可愛い女子と評判のお前が俺をそう呼べば男はそう呼び始める、殺気を込めて。

 女もお前の交友スキルが高いんでほとんどお前の味方で同じく俺をそう呼び始める、面白可笑しくな。

 言うのが遅くなった、おはよう。でも柳瀬、俺に声をかける目的は俺の好感度を上げる為じゃないのはわかってるぞ」


 歩く弾丸の右に並んだのは一人のポニーテール少女。学校指定通りに制服を着用していると見せかけて、その実短くしたスカートとオーバーニーソックスで創り出した絶対領域の、健康美と称えられる眩しい太腿を惜しげもなく晒している。

 この少女の名前は柳瀬薫子(かおるこ)。高校一年生だ。


「将をんと欲すればまず馬を射よ、です」


「誰が馬だ、誰が」


「白馬の王子様が間違えて乗っちゃった体格が良いだけの馬ですけどね」


「おい」


 弾丸の反応にくすりと笑う薫子を彼はいつも小憎らしいと感じている。

 そろそろ校舎が見えてくる所に差し掛かると弾丸の左肩が軽く叩かれた。


「弾丸、おはようっ」


「おはよう、すばる。今朝は校門まで大野おおのさんに送って貰わないなんて。珍しいな」


「早めに学校に到着すればそうするんだけど、寝坊しちゃってさ。夜遅かったのもあって、ギリギリまで寝かしてくれたんだ。で、途中で」


 肩を叩いたのは昴だった。制服をビシッと着こなし、弾丸と同じく左腕に腕章を巻いて、左胸には『AAST』のバッジ。両手の六本の指環ゆびわもアクセントになって格好良く決まっている。


陸奥むつ先輩、おはようございますっ」


「あ、柳瀬さん、おはよう。今朝も元気だね」


「はいっ! 柳瀬薫子はいつも元気です! あれ、陸奥先輩、目の下に隈が出来てますよ」


 弾丸と昴の会話を遮って、薫子が昴に挨拶をした。ポニーテールを嬉しそうに揺らしながら彼女は弾丸を間に挟んで昴との会話を続ける。

 昴の顔に隈を見つけ、自身の目の下を両手の人差し指で示しながら本人に伝えた。


「あ、疲れてるのか、昴? 大丈夫か?」


「大丈夫、大丈夫。やっぱり夜更かしは良くないね。話は変わるけど、弾丸も今日、自転車じゃないんだね」


「ああ、これを持ってきたからな」


「工具箱ですか。ダンガン先輩、たまに持ってきますよね、それ。他にも何か色々一緒に」


「だね。今日は工具箱だけだ。大きなバッグとか何か長い物とか一緒に持ってきてる時も多々あるよね?」


「まあな。校内設備の点検と修理で使うのに学校の工具だとこう、何というか、…………物足りなくてな! 頼りないとも言えるな! だから、自分のを持ってきているんだ」


「へぇ、そうなんですか。意外と働き者なんですね、ダンガン先輩って」


「去年、僕達三人で学校側に色々と折れて貰ったお返しだからね、弾丸の仕事って。実際、結構な節約になっているんだよ」


「知りませんでした、ダンガン先輩が何で学校で整備する人みたいな生徒会パシリをしている理由。それで学校に何を折れて貰ったんですか、陸奥先輩?」


「色々あるけどね。一番分かりやすいのはドレス・コードかな」


「ドレス・コード?」


「制服における生徒の自由性を求めたんだよ。生徒が自分で好きな格好が出来るようにしたんだ。まぁ、制服がベースって一線は越えないってのはこちら側からの譲歩だったがな」


「だから、今僕達はこんなアクセサリを付けていられる。僕の指環や弾丸のネックレスとかね」


 昴はそう言って三本の指環を嵌めた右手を薫子にひらひらと見せる。

 薫子は次に弾丸の胸元を見る。ネックレスは銀色の鎖で飾りが一つだけ繋がっている。だが、その飾りは宝石や貴金属ではない。


「前から疑問に思っていたんですけど、ダンガン先輩のそれ、…………鉄砲の弾、ですよね?」


 薫子の指摘通り、それは銃で発砲する弾の形をしていた。薬莢やっきょうも付いた未使用の物だ。


「ああ。個人的には銃の弾薬だんやく、そう俺の名前じゃなく、こっちを弾丸(だんがん)って呼んで欲しいがな」


「本物なんですか?」


 薫子の問いを聞いて、弾丸は上半身を屈めて彼女の耳に小声で直接答える。


「ここだけの話だぞ。本物だ。

 アメリカが誇る銃器メーカー業界のゆうであるスミス&ウェッソンの、本物の.38スペシャル、しかもハンドロードの一品だ。

 鎖からも外せるギミックになってるんだぜ。へへ」


「ちょ、ダンガン先輩、キモいですっ! 二重の意味でキモいっ! 耳元で話し掛けないでっ! 変に興奮しているのがマジ無理っ!」


「キモいって、ダブルでキモいって、…………ポジティブ・シンキングな俺でも流石に凹む」


「あ、あはは。弾丸、ドンマイ」


 小声で話すも興奮を隠せない弾丸の様子に薫子はどん引きだ。後輩の言葉に弾丸は興奮が急冷され落ち込み、昴は幼馴染みの様子に苦笑を浮かべる。


「でも、本物ってヤバくないですか? 銃刀法とか」


「だから、ここだけの話つっただろ。秘密にしとけよ」


「お願いしてるのダンガン先輩なのにそんな態度ー? えー、薫子、どうしよっかなぁ?」


本気(マジ)にお願いします」


「ふふっ。えー、本当にどうしよう?」


「柳瀬さん、僕からもお願い。弾丸のネックレスは六連院ろくれんいん家の宗主様、弾丸のお祖父様じいさまが弾丸が生まれた時に御守りとしてお渡しになった品だからさ。とても大事な物なんだよ。ね、だからお願い」


「はいっ、わかりました」


「何なんだ、その昴と俺の扱いの差」


「何か言いました、先輩?」


「ノー、マム! 何も言っておりません、マム!」


「よろしい」


「はは、二人は仲が良いなぁ。話はちょっと戻すけど、僕が途中で車から降りた理由が向こうを見れば解るよ」


 昴が前方、校門に目を向けるよう弾丸と薫子を促す。

 二人がすぐ先を見ると校門前に純白の高級車一台が停められていた。その助手席から執事服を着た若い男装の麗人れいじんが降り、後部座席のドアを開ける。

 降りたのは一人の美少女だ。

 地に舞い降りた天上の乙女かと見紛うばかりの美しい少女。日の光を反射する長い髪を腰まで届く一本の太い三つ編みにし、ただの制服をまるでヨーロッパの王族の正装の如く纏う。その左腕には腕章が巻かれ、左胸には『AAST』のバッジがきらりと輝いている。


「いってらっしゃいませ、みこと様」


「今朝もありがとう、里紗りさ。いってきます」


 里紗と呼ばれた女性に見送られ美少女が校門を通ろうとすると、校門の周りに人集りが出来てしまう。登校してきた生徒達だ。男子も女子も、部活動の朝練をしていた生徒達も校門近くに来てしまう。自分の周りの人集りを見て、彼女はにっこりと微笑みを浮かべる。


「皆さん、おはようございます」


 お辞儀をして朝の挨拶。

 次の瞬間。


「おはようございます!」


 そこに集まった全員が大きな声で美少女に挨拶を返した。彼らは人気アイドルのイベントに参加した観客の有様だ。よく見るとそんな生徒達を指導すべき教師まで一緒になって声を上げている。若い男性教師なので仕方がない点もあるやもしれないが。


「この時間帯の校門で車から降りるとああなるんだ、僕は命ちゃん程ではないにせよ」


 昴はそう言って、溜息を一つ。

 先程まで弾丸達と同じように道を歩いていた生徒達も今はまばらだ。ほとんどが走って校門へ急いだ。目的は勿論、あそこにいる美少女だ。

 神前かみさき命。この美少女の名前だ。

 神前家、六連院家を超える名家の中の名家。古代の日本に降臨した神が人の娘と契り生まれた半神半人を祖とし、日本の対魔防衛における中枢を担う一族。

 神前家の後継者であり当代最高の巫女みこ、それが神前命だ。


「僕、ちょっと行ってくるね。あのままだと詰まって動けなくなっちゃうし、命ちゃんも困っているだろうし」


「応、行ってこい、副会長」


「また後でね、弾丸! 邪魔してごめんね、柳瀬さん」


 断りを入れ、昴は一人で校門に走って行った。


「あれ、本当にすごいですよねぇ。でも、学校に高級車で登校するお金持ちは何人もいるのに、あんなアイドルが来たみたいな状態になるのは陸奥先輩を含めて五人もいないですよね?

 カリスマってやつですかねー」


「昴も会長も生まれは名家だし金持ち。二人とも成績優秀、公明正大。会長は特に優しく、昴はジェントルマン」


「そして、一年生の時に生徒会会長と副会長に当選。さらにエリート・コースと噂されるアドバンスドアカデミーフォーなんとかも受講されてますもんね」


「後輩君、Advanced Academy for Specialized Talentsだ。日本語だと『特異な才能の為の高等学科』、通称『特科とっか』だな」


 英語を綺麗に発音し自慢気な顔で己の左胸を右手の親指で示す弾丸。自分も命や昴と同じ特科を受講している事を伝えたいらしい。


「ダンガン先輩もそうなのは知っていますよ。そのバッジを付けているし、友達が一人特科にいますし。どんな事をしているのか詳しくは教えてくれませんけど、様子は教えてくれるんで。

 でも先輩、あたし知ってるんですよー。自慢気にしてますけど、特科の授業で一番だらけてるの先輩だって、その子から聞きました。陸奥先輩達と比べるととてもエリートとは信じられないだらけっぷりだって言ってましたよ」


さかきの奴か、全く。内部情報を簡単に漏らしやがって」


「まどかを脅したりしたら、ダンガン先輩のある事ない事を言い触らしますからね」


「誰が脅すか! ただな、榊がお前に言った事も否定出来ない俺がここにいる」


「だらけっぷりがですか?」


「まあな。俺だけじゃなくて会長も昴も、特科が目的で伏竜の入試を受けたんだが。俺、本当はここに入学したくなかったんだよなぁ」


 私立伏竜高校。

 高い偏差値を誇る私立の進学校であるが、それは表向きの顔。実は裏の顔を持つ。

 それを隠れ蓑に国が優秀な子供達の中から退魔の適性を持つ者を入学試験で探し出し、素質があった生徒に世界の隠されていた真実と魔に対抗する為に必要な教育を指導する教育機関。これが裏の顔である国立伏竜高校の正体である。

 適性を調べるのは入試での問題及び解答用紙を使っている。用紙には生徒が発する退魔に必要な神通力とも霊力とも呼ばれる力に反応する特製の紙を用い、反応すると隠されていた問いと回答欄が浮かび上がる仕組みだ。幽霊や化け物が見える霊視ならば用紙を見た時から問いが見えている。後は受験生がその問いに対する答を書き込めばいい。問い自体も毎年、極々簡単なものである。

 入試を経て、適性のある生徒は『Advanced Academy for Specialized Talents』とカモフラージュされた『Academy of Anti-Supernatural Tactics』(対超常現象戦術学科)プログラムに組み込まれ、『AAST』と刻印されたバッジを受け取り、高校での三年間に座学と実践を学ぶ。

 受講は強制ではないので拒否も選択肢にはあるが、伏竜高校の歴史で断った生徒は現在まで一人もいない。特科生には諸経費を含めた学費の大部分が免除される特典もあるからだ。プログラムの内容は一般には明かされていないが、名門伏竜にエリートりのイメージが長年あり、そのエリートの証であるバッジを付けるのが受験生達の夢でもあるからだ。

 ちなみにそんな事情もあり、伏竜高校は推薦入学を一切募集していない。

 卒業後の進路も一般より有利だ。進学ならば退魔専門学科を裏にようしている一流大学の推薦を受けられる。全体的に見て少人数だが就職を選んだ場合、退魔関連の職に就ける様便宜(べんぎ)が図られる。

 退魔に関わる職はどれも高収入なので、就かない者は稀だ。


「会長一人だけ小中違ったから、幼馴染み三人で同じ高校に行くってのが会長の希望だったのもある。

 親にも家にも伏竜行けって言われたってのもある。

 でも俺、アメリカに行きたかったんだよなぁ」


「相変わらずのアメリカ好きですね。でも、入試受けたんですよね? しかも、特科に必要な問題も見つけて答えて。

 あーあ、悔しいな。あたしもまどかみたいに見つけられていたら、憧れの陸奥先輩と特科で一緒に勉強出来たのに」


 薫子と弾丸が校門を通ると、既に人集ひとだかりは散っていた。

 前を見ると未だに二十人近くが固まってぞろぞろと昇降口に向かって歩いている。その集団の中心に二人の男女がいた。命と彼女をエスコートする昴だ。

 命が唐突にこちらに顔を向けた。そして、彼女は右手で銃のジェスチャーを作って、笑顔でこちらを小さくバンと撃つ仕草をした。撃ったら手を軽く振り、昴に促されて昇降口に消えていった。


「美人で可愛いなんて反則ですよね。しかも幼馴染み属性まであって、ホント陸奥先輩を狙うのって大変です。

 ダンガン先輩、神前先輩と彼氏彼女の関係になってみたくありませんか? そうなれば、あたしにも希望が見えてくるんですけど」


「ねぇな。つか俺に会長とそんな関係になる資格なんてない」


「何でですか?」


「入試の時、俺、名前と特科の問いの答だけ書いたんだ。後は白紙。家の義務と幼馴染みである二人への義理で伏竜受けたつもりだったしな。

 で、落ちてアメリカの高校に願書出すつもりが、学校の方が気を利かせたのか合格させちまった。家の手回しではないと思うが、学校側の配慮もあったんだろうなぁ。

 結果的に幼馴染み三人同じ高校に入学、だけど心情的には俺は会長と昴を裏切った。なので俺に頼らず、お前はお前で頑張れ」


「と、トンデモ過ぎ六連院。じゃ、じゃあ、あたしこっちなんで」


 ポニーテールを揺らしながら薫子は弾丸と別れる。一年生の下駄箱はここから少し離れた一番端だからだ。


「ダンガン先輩。ターゲットは白馬の王子様ですけど、あたし、お馬さんと仲良くなるのも結構好きですよ!」


 薫子は弾丸にエリートはサボっちゃダメですよーと大きな声で言いながらばたばたと去っていった。


「よく言うぜ、本当に。…………ああ、良い天気だ。かったるくなんなぁ」


「惚けとらんで、急がないと遅刻するぞ、弾丸」


「わかってるって。人がいる外ではなるべく声出すなよ、つくの」


 弾丸も自分の下駄箱へ急いだ。

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