帰宅
メゾン・デートル。六階建てのマンションだ。
弾丸はここの606号室で一人暮らししている。
両親と妹はアメリカ合衆国で一年と少し前から暮らしているからだ。
表向きには外務省在アメリカ合衆国日本大使館参事官として任命された父に母と妹がついて行った形だが、実は母もアメリカ政府から日本トップレベルの退魔のエキスパートである実力を買われ特別顧問として招聘されたのだ。
アメリカは対人外/怪異の戦闘に於いて知識も技術も他の歴史の長い国家の後れを取っている、その現状を打破する為だ。ちなみにイギリスからもトップレベルの術者が招聘されているそうだ。
弾丸も両親がアメリカに行くと決まって自身も憧れの地へ連れて行くようせがんだが、却下された。さらに日本で精進しろと母に言い付けられた。本人は不満だったが、国内で五本指に入る退魔師の母を相手に勝ち目はないと判断した事と一人暮らしを許された事で一応納得した。
兄とは反対に妹はアメリカの学校で高等教育を受けながら、退魔に関しても母の師事を受けられる好待遇となった。母の師事は別として、己と妹への扱いの差に弾丸は嘆いた。
不公平だと。
その時に弾丸はこう宣った。
「俺バイリンガル! 妹日本語だけ! 俺の方が向こうに合ってる! 考え直して、プリティ・プリーズ!」
そんな息子の懇願に対して母は、
「話せるなら行く必要ないじゃない。あの子は向こうで話せない生徒でも本場の英語を学びながらやらせてくれるらしいし。あんたはこっちで頑張りなさい」
すげなく言葉を返した。
という顛末で弾丸は現在メゾン・デートルで暮らしている。
自転車をマンションの駐輪場に停めて鍵を掛けし、エントランスを通りエレベーターに乗る。
六階で降りると足音を一切立てずに606号室まで移動して、星条旗のキーホルダーが付いた部屋の鍵で扉を開ける。
「ただいま」
帰宅を告げたが返事がない。普段あるものがないことに弾丸は首を傾げる。
靴を脱いでリュックを下ろし、リビングにそのまま向かうとそこに答はあった。
「あーっ! 何でお前最新話見てんの!? しかも一人で! 俺が帰ってから一緒に録画で見るって約束したよな、俺とお前で! それ今テレビで流れているやつだよねっ!?」
「五月蠅い、弾丸。えんでぃんぐが聞こえない。次回予告が終わるまで黙れ」
「ふざけんなぁ! 約束破った奴が何ほざいてやがる!
いつもみたいに急げって帰りを急かす電話をしてこないから感心してたのに、しなかった理由はこういうわけかよ!
返せ、俺の感心を利子付けて返せ、この金食い虫のオタ神!」
「……………………」
無視。この状態になったらアニメ番組が終わるまでテレビの前から梃子でも動かない。
それを知っている弾丸は糾弾するのを早々に諦め、トレーナーを脱いでソファの上に放り、寝室へ行って着替えを取ってきた。アニメに釘付けになっている奴に文句を言ってからシャワーで汗を流すつもりだ。
次回予告が流れ、アニメが終わった。その間、弾丸は目を瞑り耳を塞いでネタバレを回避しようと努力していた。
「はぁ、素晴らしかった。来週もとても楽しみ。
ああ、弾丸、あにめを視聴している至福の時に話し掛けるのはまなぁ違反であろ。以後、気を付けるのだぞ。
あ、お帰り。遅かったな」
「はぁ、…………本当に何でこんなのが俺の式神なんだ」
テレビを背にして弾丸に話し掛けてきたのは人ではない。
ぬいぐるみだ。とあるアニメのメインヒロインが作中で変身するデフォルメ化した姿のぬいぐるみ。アニメショップのグッズ売り場に置かれ販売されているタイプのぬいぐるみ。スカートを捲るとカボチャパンツをちゃんと穿いて原作を再現している完成度の高いぬいぐるみ。
そのぬいぐるみが喋っている。弾丸を見上げながら、偉そうに。
この喋り動くぬいぐるみこそ、弾丸が高校入学前の正月に六連院伝統の式神召喚の儀で召喚し契約を交わした神、名をつくのかなみち。付喪神である。
夜叉丸の様に現世で実体化出来ないので、つくのお気に入りキャラクターのぬいぐるみに憑いて仮の体としている。
神としての能力は物への憑依。憑依は無機物でも有機物でも可能だが、人間を含めた生きている生物には不可能。
弾丸が喚べたのはこんな神様。
召喚の儀の結果が分家の六連院弾丸に対する評価を完全に決定付けた。
問答無用で無能である、と。
六連院宗家の者だと認めてはいけない、と。
「弾丸、風呂に入るのか? 録画を見ないのか?」
「今日はもう見ない。遅いし、学校あるし。シャワー浴びてすぐ寝る」
「そうか、残念だ。我も一緒に見て、今度は演出と作画に集中したかった。そういえば、そちが留守の間、べらんだに荷が届いておったぞ」
「マジか!? 先にそれを言えって、つくの!」
疲れた様子から一変、弾丸は目をキラキラと輝かせてベランダへ出た。
部屋に戻るとIDATEN Expressと読めるロゴが印刷された段ボール箱を一個抱えている。
「流石イダテンさん、仕事が早い! でも、おっかしいなぁ。注文したのが入っているにしては箱が小さい」
ローテーブルの上に箱を置き、腕を組んで首を傾げた。
そこにつくのが卓上に飛び乗り、件の箱を観察する。
「弾丸よ。箱に封筒が貼られておるぞ。恐らく手紙ではないのか」
「封筒? あ、これか。英語でタイプされてる。筆跡も遺したくないんだ、イダテンさん。相変わらずだな」
「手紙には何と書かれてあるのだ?」
「えーと、何々?
親愛なるミスター・ダンマル・ロクレンイン、今回注文されていた品がトラブルで到着が少々遅れています。二日、遅くとも三日以内にはお届け出来るかと思います。
えー、ちょっと待ってよイダテンさーん。高い金払ってお宅で買い物してんのに。
それで何々、いつも当方を御贔屓にして下さっているお客様へ謝意を込めて、以前からお客様が御購入を悩んでおられたギブスが入荷出来ましたので普段通りの処理を施し、無料でお送りします。ですので今回の遅延には目を瞑りやがれ、お客様。これからもうちで買い物がしたけりゃな。では、これからも一層の御利用、お待ちしております。敬具、イダテン・エクスプレス。
イ、…………イダテンさん、相変わらずだな。ま、まぁただでこれ貰えるんだしいいか。つくのもそう思うだろ、な?」
「知らん。我は『すて天』のぶるぅれいぼっくすの方が欲しい。
さて弾丸よ、今からその箱を開けるのか? 前から欲しがっておったのであろ」
「止めとく。開けたいのはやまやまだが、開けちまったら興奮して眠れなくなる。登校しなかったら会長と昴に悪い」
「なんと殊勝な。では、我は床に就く」
「へぇ、珍しいな。デュちゃんの感想スレに書き込まないのか」
「最近荒らしが多く目障りでな、視聴後の心地良い気分が台無しになるので控える。我は皆とこの感動を分かち合いたいだけなのに」
「そりゃ残念だな」
「うむ。お休み、弾丸」
「おやすみ、つくの」