招待
翌朝、伏竜高校では全校集会が開かれた。
そこで学校側から生徒達に伝えられたのは三つの事項。
一つ目は伏竜の生徒一人が最近市内を騒がせている事件に昨日巻き込まれ現在入院中。
二つ目は今回の事件を受け、授業は通常通り行われるが放課後は部活動及び委員会活動は一切中止して直ちに完全下校する事が決定。
三つ目は生徒達の安全を期して集団下校、もしくは保護者による送迎の奨励。
生徒達は三つのそれぞれの事柄に様々な反応を示した。
一つ目に対しては主に不安と流れた噂だ。学校側は柳瀬薫子が被害者である事を公表しなかった為、一部の生徒達は誰が被害者であるかを推理していた。事件の被害者が全て女性だったので、女子生徒である事は確実であったが、誰かまで特定するには至らなかった様だ。生徒達の噂の中に薫子の名も勿論上がったが、美鶴に連れられ依頼に向かったまどかや他に病欠等の欠席者もいたのが功を奏し不躾な好奇心から彼女を守れた。
二つ目に対しては失望の度合いが高かった。授業は通常通りなのに委員会は兎も角、楽しい部活動は中止になってしまうのは納得がいかなかった。自分達生徒の安全の為なのはまだ理解出来るが、それでも下校時間を早める事で安全になるのかと懐疑的になってしまうのは否めなかった。男子達は事件で被害に遭っているのが今までずっと女性だけだったのでそう思っているのが目に見えた。
三つ目に対しては困惑だった。高校生にもなって集団下校なんて聞いた事が無い。親に送り迎えして貰えなんて以ての外だ。生徒達は自分の耳を疑った。だが校長を含む教師陣全員が真剣な表情だったのを見て認識を改めた。下校に関しての詳細は各クラスで担任が説明するとなった。各々の教室に戻って受けた担任の説明でなんとか納得に至った。
特科の一年生と二年生は本来ならば実技の予定だったが、座学に急遽変更となった。特科生達には今回の事件が人外絡みであるという最低限の情報が伝えられており、実技が中止になったのも授業中に生徒が負傷した場合のリスクを考慮した結果だ。
折しも担当の講師である美鶴が急な依頼で欠勤していたので、現在は座学だけを教えている伏竜の最年長特科講師である司旗が受け持った。
普段の司旗は主に三年生の研究のアドバイザーをしている引退の身。退魔士としての彼は豊富な経験を持ったベテランであり美鶴の様な特筆する力は持たないが、現役だった頃は技巧派の腕利きとして名を馳せた猛者だ。授業も彼自身の経験談を交えた戦術論を展開し、生徒達にあらゆるシチュエーションを議論させ彼らの対応力を学術的に向上させるスタイルだ。伏竜特科生の中では二年生の高池が彼を特に尊敬しており、将来は彼の様な退魔士になりたいと志している。
そして、この日の授業は滞りなく終わり、放課後を迎えた。
生徒達は皆なるべく複数人で下校し、一人で帰らざるを得ない一部の生徒達も教師達が同伴して臨時の班で固まって帰った。教師達も生徒達が解散した後は学校に戻らず、そのまま帰宅を命じられた。伏竜では時々ある事態なので、一般教師達は素直に従った。
こういった経緯で伏竜高校は本日の放課後にはほぼ無人となった。
例外は生徒会所属の神前命と陸奥昴、特科講師の司旗が校内に残った。
特科生二人は今回の襲撃事件への対応を協議する為であり、司旗は命がオブザーバーとしての参加を要請していた。
昴は神前と六連院が共同で動いているのだからオブザーバーの必要は無いだろうと意見したが、命は退魔士としては若輩の自分達では見逃してしまう部分もベテランである司旗先生ならば見逃さないだろうと主張した結果、彼の理解を得られた。
今頃は三人で対策会議で忙しくしているだろうと生徒会役員でただ一人帰宅の途についた弾丸は思った。
昴から命と二人で残って会議と聞いて、弾丸は自分も残ろうかと彼に問うと大丈夫と返され下校を薦められたのでお言葉に甘える事にした。
下駄箱に向かう途中、廊下で命と司旗と会った。命曰く、これから司旗をオブザーバーに昴と残って襲撃事件の対策会議を始めると。弾丸は昴が司旗の名前を出していなかったと疑問に思ったが、オブザーバーだから人数に数えかったんだろうと判断した。
忙しいのを邪魔するのもどうかと思ったので弾丸は命と司旗に挨拶をして、その場を去った。命が弾丸にも会議に参加して欲しいと思っているのを察していながら、あえて無視をして。
「あえて気付かぬふりをしていたが、あれで良かったのか、弾丸?」
メゾン・デートルの自宅に帰り着くと室内用のぬいぐるみに憑依を移し替えたつくのが弾丸に話し掛けた。
「何が?」
「命がそちに何か渡したがっていたぞ」
「渡したがっていた? え、そっち? あ、多分、お菓子じゃねぇかな? 新作を作ったりすると俺がいつも試食していたから。昴じゃ試せないし」
「であろうな。後、会議にも参加して欲しそうでもあったしな。何故行かぬ?」
「…………行っても俺じゃ役には立たないさ」
「嘘を吐け、弾丸」
「ああ、そうだな。お前が居れば俺は戦える。だけどな、俺とお前の戦い方は現実には駄目なんだよ。危険過ぎる」
「何を言っている。豪四朗の所であんなに訓練をしている分際で」
「あそこは自衛隊の所だからさ。豪四朗さんも自衛官だし。でも、俺は退魔士の家に生まれたとはいえ、一般人だ。普通じゃない世界に生まれた俺でも、アニメや漫画みたいにはいかないんだよ」
つくのはフンっと鼻で笑った様な声を出した。
「矛盾しているな、弾丸。昨日は微塵の躊躇も無く三ツ目の烏をうち滅ぼした男が。学校にも馬鹿な状況を想定して、他者が知ればそちを狂人と誹ってもおかしくはない用意までして。ぽにぃてぇる娘の仇を己の手で討ちたい感情も強いのであろう?」
「ああ、そうだ。だから、たまに恐いんだよ。俺自身がさ」
「弾丸よ。そちは――――」
つくのにそう応えながら弾丸はベランダに向かった。今日は一昨日の夜から数えて二日目。
「やっぱりあった。有言実行、流石イダテンさん」
ベランダから前回よりも大きな箱を抱えて来る。これにもIDATEN Expressとロゴが印刷されていた。
箱をローテーブルの上に置き、すぐ開けた。前回とは違って、今は深夜ではない。
「はぁ。注文通りだぜ、イダテンさん。本当に良いなぁ、これ。最高だ。こいつ見て触ってるだけでマジ駄目になりそうだわ、俺」
箱の中の物を手に取り、弾丸はそれをただ眺めた。じっと静かに。手で握るグリップの上辺りに『Ⅵ』の刻印が彫られたそれを楽しそうに笑いながら見つめていた。
「その笑顔だ、弾丸。そちはそやつを、否、今までそちが集めてきたそやつら全てを使いたくて使いたくて仕様がないのだろう」
右手と左手の両方で持って具合を確かめている弾丸を見上げ、つくのは言葉を続けた。
「今の笑顔も素敵だが、昨日の我を使って三ツ目烏を墜とした時の方がもっと素敵だったぞ」
「そういった場面での笑顔を素敵とか言っちゃうお前も相当アレだからな、おい」
「我は神だしな。人間程度では神の価値基準を推し量れぬのは当然」
「頼むからせめて人間の金の価値を理解してくれ、神様」
「むーりー。我はこれからも円盤だろうが何だろうが欲しかったらぽちるのだー」
一人と一柱が先程までのシリアスな空気は何処へやら、和やかに笑い合っている。
「まあ、戦うってのも必要に迫られたらやるさ。俺の、俺達の戦い方はほとんどの退魔士にとって色んな意味で厄介だ」
「三ツ目烏を墜としたのは必要に迫られてというわけか」
「あれは術でステルスが掛かっていて、お前が見つけなかったら見逃していたし。
でも、あれが柳瀬を襲った犯人に繋がっていた可能性を考えると浅はかだったというか悪手だったのかもというか」
「そちがあれを墜としても墜とさなくても、ぽにぃてぇる娘が襲われていたのは変わりないであろう。実行に移されるのが早かったか遅かったかの違いだけであろう。昨日見つけた時には襲撃事件と繋がっているのかはわからなかったのであるし、どの娘が標的なぞ終ぞわかるはずもない。何せ伏竜の中に潜んでおった故にな」
「つくのの言う通りなのかもなぁ。伏竜の中に潜まれてちゃあ、…………ちょっと待て。伏竜の中に潜んでいた? 神前の結界が学校全体に張られていて、しかも神前の後継者である会長が居たっていうのに潜んでいた? 無理矢理侵入したんだったら会長が絶対に気付く。じゃあ、最初から居た? 術者は伏竜内部に、つまり伏竜の誰かって事に」
「命が昨夜話した情報では襲撃した人外は西洋式の術に因って召喚された悪魔」
「ああ。榊みたいな一般出身の一年だったらまだ術種が確立していない奴も居る。だが、伏竜の生徒で西洋式はいない。生まれが欧米だったり、家の宗派がキリスト教とかだったらあり得るが、それもない。後は、美鶴先生や榊みたいに二種を習得している可能性。でも伏竜の主流である日本式と悪魔召喚の西洋式じゃあ、離れ過ぎている。それこそとんでもなく、…………まさか」
ブツブツと考え込んでいた途中、ハッと何かに気付いた弾丸。
窓から見える外は既に日も沈み、空はもう暗くなっている。帰ってきてから結構な時間が過ぎていた。制服もまだ脱いでいない。
「弾丸、突然どうした?」
つくのが心配そうな声色で問うた。明らかに弾丸は動揺していたからだ。
「つくの。あの、さ。俺、わかったかも」
弾丸が答えようとした瞬間、彼のスマートフォンがメールの着信を知らせた。
つくのに一旦断りを入れて、弾丸は画面上にメールアプリを開いた。
送信元は昴の携帯電話だ。件名は無い。写真が添付されている。
画面をタップしメールを開いた弾丸の目が一瞬鋭くなり、カッと見開いた。
「学校に行くぞ、つくの」
「弾丸、何が来た?」
「悪魔から地獄への招待状さ」
画面にはこう表示されていた。
From: 陸奥昴
『この事を誰にも教えず伏竜高校2―A教室に一人で来い。さもなくば神前命と陸奥昴の命は無いと思え。』
添付された写真に映っていたのは胸から流した大量の血でシャツを真っ赤に染めて倒れている司旗、鋭い刃で実体化した躯のあちこちを斬り付けられぐったりとした夜叉丸、そして、何らかの術で拘束され宙に吊された命の姿であった。




