由来
弾丸に命をもてなす事を任じられた一年生二人組。中流階級の一般家庭に生まれた薫子とまどかに生粋のお嬢様である命をもてなせとは無理難題に他ならない。出発してから三分程経つとその事実に思考が至って二人は冷や汗を掻き、黙り込んでしまった。薫子が弾丸の言葉を思い出せたので事なきを得たが、二人が相当焦ったのは命には内緒だ。
今時の女子高生らしい感じという注文。だから、自分達が普段している事をベースに命を色々と連れ回した。
三人は服屋をウィンドウ・ショッピングではしごしたり、ゲームセンターに行ったり、夕食はファーストフード店で済ませたりして、現在は最近まどかのお気に入りになった甘味処でデザート・タイムとガールズ・トークに花を咲かせている。ちなみにこの店を彼女に紹介したのはああ見えて甘い物好きの美鶴だ。
本来はカラオケでパァーッと騒いで終わりにしようと後輩達は考えていたが、先輩である命が最後はお喋りをしたいと望んだので、ここを選んだ。帰りは神前の車で家まで送って貰えるそうなので多少遅くなっても平気だ。一応、家には連絡してあるので保護者を心配させる事もない。
余談だが、命が静かながら一番興奮していたのはプリクラだった。初体験だそうだ。興味はあったが機会が無く、今回薫子とまどかにお願いしてのチャレンジと相成った。そして、気持ちが昂ぶり過ぎて十回も撮影してしまった。付き合わせた二人には悪いのでこの支払いは全部命が持ち、シールはそれぞれ均等に分けた。
女三人寄ればかしましい。その諺が示す通り、注文した和風スイーツに舌鼓を打ちながら、喋っても喋っても三人の話題は一向に尽きない。
「命先輩、うちの学校って怪談とか異様に多いですよね。オカ研に入った友達の話だと七不思議をとっくの昔に超えて、伏竜オンリーででも百物語出来るそうですよ」
「多いのは知っていたけど、そんなに?」
「そうです!
他に進学した友達によるとあっちの学校には七不思議なんて無いし、あっても一つ二つだそうです。
なのにうちは毎年のように増え続けてるって。去年から増えたのもあるそうですよ。
えっと確か、校舎の壁や天井から聞こえてくる怪しい声。
誰も居ない視聴覚室でひとりでに動く映像機器。
人の気配なんてないのにコンピューター教室で響くクリック音とタイプ音と何者かの声。勇気を出して開けてみるとそこには誰もいない。あったのは一台のパソコンスクリーン上に残された大型掲示板のウィンドウと書きかけのレス」
「へ、へぇ。…………私は知らなかったなぁ」
薫子が話す伏竜高校の怪談に心当たりがありまくる命であった。主に幼馴染みの式神、犬じゃなくてオタクの方で。
「それから年度末に校庭に現れたって話の大きな穴。突然現れて忽然と消えたって」
「それは私も聞いた事あるかなぁ」
特科講師である美鶴が学年末考査の際に浪鶴で開けてしまった穴を自分が慌てて結界で塞いだのを命は思い出す。あの時も確か先生が相手をしていたのは弾丸くんだったなぁ、と。
「今年は今年で絶対に落ちない紙飛行機って不思議が確認されたそうで。二機編隊のを好きな人と見つけると恋人になれるって噂まであるそうですよ」
「サ、サっきノと違っテ怪談話ジャなイじゃン。こ、恋のお呪いじゃン」
まどかはこれが修業を始めた頃に自分が飛ばしていた練習機なのだと確信した。師匠にこの怪談の正体が自分だとバレたらマズいと冷や汗をかいたが、実は美鶴は既に知っていた。弟子の失態を見逃したのは彼女の優しさなのか、それとも己の失敗を省みた結果なのかは定かではない。
「他にもポルターガイスト、見えない視線、三つ目の烏、隠された地下室への階段とか色々あるんだからね」
「ルコさん、見エなイ視線っテ何? 他ノはまダ怪談っぽいけど。視線は最初かラ見エなイでしょうガ。見エたラ逆に恐イわ!」
まどかがツッコミながらクリームあんみつを食べていた匙で薫子を指す。流石にそれは行儀が悪いので命が注意した。
「見えない視線は漠然とした物らしくて、あたしも詳しくは知らない。何か誰かに見られているって強く感じた生徒が何人かいたって」
「たダの覗キじゃなイの」
「女の子だけだったらそう思うけど、男の子にも感じた人がいるんだって」
「へー」
「あ、そうだ。お呪いと言えば、…………命先輩はダンガンじゃなくて六連院先輩と幼馴染みでしたよね。先輩はあのネックレス、知ってます?」
「ネックレス? あノ本物ノ鉄砲ノ弾ノ奴かー」
「な、何でまどかが知ってんの? あたし、教えてないよねっ」
「師匠かラ前に聞イたー。六連院宗主ノお祖父さンが赤ちゃンだったダンガンこと六連院先輩に誕生祝イで上げタ云々っテ」
「うん、もちろん。薫子ちゃんもまどかちゃんもその事をあまり口外しないでね、いい?」
「はい。今朝、陸奥先輩にもお願いされました。あの、先輩。六連院先輩の名前ってあれと関連してるんじゃ?」
「うん。弾丸くんのネックレスの弾丸が名付けの由来だよ。前提に六連院のお家には長男に『丸』が付いた名前にする伝統があってね」
「ふむふむ」
「アタシ、知っテましタ!」
「宗主の斬丸おじい様がお若くていらっしゃった頃、一人で世界中を旅されていたの。米国で滞在されていた時に人助けをしていたら、別のトラブルに巻き込まれたそうなの。その渦中で命を落としそうになった場面があってね」
「い、命を落とそうになったって、…………何をしていたらそんな危ない事態に」
「人助け、ですよ。薫子ちゃん」
「人助けって、マフィアの抗争にでも首を突っ込んだんですか、ダンガン先輩のお祖父ちゃん」
半分呆れ顔の薫子だが、師匠から六連院宗家の強さが如何に化け物じみているのかを聞かされたまどかの顔は青くなった。そんな人が死にそうになる状況や敵なんてどんな地獄だと身の毛がよだつ思いだ。
命はまどかの内心を知ってか知らずか話を続ける。
「似たようなものね。人の命を何とも思わない者達が斬丸おじい様の相手だったのは確か。
そして、満身創痍だった斬丸おじい様が死を覚悟した瞬間、数発の銃弾が彼の命を救ったの。
撃ったのは一人のアメリカ人、別のトラブルを追っていた方だったそうよ。
そして、態勢を立て直した斬丸おじい様はそのアメリカ人の方と二人で協力して生き残り、混沌たる事態を解決に導いたと。
全てが終わった後、別れの際に出会った記念としてお互いの愛用品を交換したの」
「アメリカ人が渡しタのがダンガン先輩のネックレスになっタ鉄砲の弾デスか」
「弾丸ね。残った最後の一発だったと聞いたわ」
「その話、ハリウッド映画に出て来るヒーローみたいですね。舞台がアメリカだし」
「初孫が生まれた時のお祝いに御守りとしてその弾丸と、自分の命を救ったそれに肖って授けたのが弾丸という名前。ほら、『丸』の字もちゃんと付いているでしょ」
「い、いい話ですけど由来を聞かなきゃ、…………ただのDQNネームに思えるんですけど」
「そ、そうかな? 私は弾丸くんの名前、とても好きよ」
そう言って微笑みを浮かべた命は美しかった。彼女の笑顔を目の当たりにした薫子とまどかは素直にそう感じた。その純粋な美しさには女としての嫉妬すら覚えなかった。ただ、薫子はもやもやとした別の何かを胸の中に感じた。
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