遭遇
時は少し遡る。
生徒会の仕事を終えた命は彼女にしては珍しい寄り道をしていた。友達と街に出掛けることもあるのだが、大抵休日であり専ら自動車での移動だ。不埒なナンパを避けたり、護衛の都合もあるのだが。今日は里紗に迎えも断っている。
昴の同行も断り、命は一人で街中を歩く。気分転換を提案してくれた彼には悪かったが独りで出歩いてみたかったのだ。
こんなに新鮮でうきうきした気分は久しぶりだ。新年度を迎えてからずっと学業でも家業でも忙しい日々が続いた。それでも趣味のお菓子作りに時間を割けるのは命の能力の高さの証明だろう。最近発生している人外に因る連続襲撃事件が解決すれば、この忙しさも多少はマシになる。
暇な時間が取れたら、今度弾丸と昴の二人を誘ってどこか遊びに出掛けよう。絶対楽しい日になる。
命は近い未来の予定に思いを馳せながら当てもなく街中を歩く。
「弾丸くんと、男の人? 誰かな?」
命が進む道に急用で先に帰った弾丸ががっしりした体格の男と道端で喋っている。幼馴染みと親しげに喋る男の顔に彼女は覚えが無い。
お話の邪魔をしたらいけないかなと命は一瞬躊躇したが、欲求を抑えきれなかった。小走りで弾丸達の元に近付く。
「誰かと思ったら会長か。珍しいな、こんな所で会うなんて」
「会長? ああ、神前のお姫様か」
数メートル手前で声を掛けようとすると弾丸が振り返り、もう一人の男も命を見た。向こうは命を知っているらしい。だが、顔を近くで見ても彼が誰なのか全く見当がつかない。
「こんにちは、弾丸くん。こんな所でなんて、私だって街を一人で歩いたりするのよ。そちらの殿方は? ごめんなさい。私、以前にお会いしましたか?」
「いえ。お会いするのは初めてですよ、神前命嬢。自分は」
「刈間豪四朗さん、自衛隊の2等陸尉だ」
「おい弾丸。俺の台詞を奪うな。それから要らん情報は口に出すんじゃない」
「サー、了解しました、サー」
男は手で弾丸の肩を叩いた。中々に大きな音がした。そんな男二人の様子を見て、命は目をパチクリさせている。
「刈間、豪四朗? 失礼ですがあの、刈間さんは大家の一つ、刈間一族の御出身では」
「ええ、その刈間です。自分は継承権もない、しがない四男ですが」
豪四朗はアルカイック・スマイルで命の疑問に答えた。
命は退魔士の集まりの際にちらりと聞いた事を思い出した、刈間の四男が勘当された話を。彼、豪四朗がその四男なのだろう。退魔士、しかも日本屈指の大家に生まれた者がまさか自衛官になっているとは夢にも思わなかった。
「弾丸、俺はそろそろ行くぞ。まだ仕事が残っているし、疲れている部下達だけにやらせているのも何だからな」
「はい。刈間二尉、本日もありがとうございました」
「その呼び方は止めろ。今は一応プライベートって事になっているんだ。神前嬢、自分はこれで失礼します。最近はこの辺りも物騒ですので、気を付けてお帰り下さい」
背筋をピンと伸ばした豪四朗はすたすたとこの場を去った。
同じくピンと背筋を伸ばした弾丸が去る豪四朗の姿が見えなくなるまで敬礼する。
弾丸が手を下げると命が問い掛ける。
「彼とお知り合いだったんだ」
「ああ、豪四朗さんとは昔馴染みでいつもお世話になっているんだ」
「今日みたいな急用っていつも刈間さんとの、なの?」
「基本的には」
「何をしているの?」
「実利もある趣味の延長的な」
「またそれ。しかもちょっと変わっているし」
曖昧な答に不満を感じるが弾丸がこういう答え方をする時は絶対に言った内容以上の物は教えてくれない。六連院のおじい様やおば様にお願いすれば彼から詳細まで聞けるけど、それは最終手段だ。見た感じ、弾丸くんが怪我をしているわけではないみたいだし、危険な事はしていないと命は判断した。だから、彼女は今の答で一応納得する。
「会長、マフィンありがとう。全部美味かったよ」
「初めてカマンベールを入れて焼いたんだけど、弾丸くんが嫌いじゃなくて良かった」
「あの新しいの、カマンベールだったのか。へぇ。あ、昴の方にはおやつ、マフィンじゃないよな」
「大丈夫よ。今日はキウイ・ババロアだったから。何年一緒にいると思っているの」
「キウイ・ババロアか。それも確か初めてじゃないか? 俺も食ってみたかったな」
「じゃ、じゃあ弾丸くん、また作るから今度うちに」
「悪いな、会長。急用は終わったけど、昨日の夜出来なかった用事があるから、俺はもう帰るよ」
弾丸の言葉が命の遊びに来てよと続くはずだった言葉を遮った。
命は一瞬残念そうな表情を浮かべるが、すぐ笑顔に戻した。
「そうだ、会長。気晴らしにそこら辺歩くならそこで隠れている二人組に案内してもらうといい」
「え? あら、一年生の榊さんと、確か柳瀬さん?」
言われて振り向くと、ヤバい見つかっちゃったと顔に書いてある薫子とまどかがビルの陰からこちらを覗いていた。
「ああ。後、帰りは神前の車であいつらを送ってやってくれないか」
「いいけど、どうして?」
「豪四朗さんからの情報であの襲撃事件、腕の良い術者が関わっているらしい。つまり女だけを襲う規則性だけじゃなく、何かしら目的があって動いていると考えた方が良い。
術者が事件の黒幕だと気付いてないから見当が外れ、事態が余計に複雑化して関係者も解決の糸口を見つけられないんだ。
それから事件が起こっているのはどこも伏竜からそう遠くない場所ばっかり。でも、未だに伏竜から被害者は出ていない」
「伏竜が狙い」
「豪四朗さんも言っていたけど、飽くまで可能性の話だ。神前とかには会長から伝えておいてくれ。豪四朗さんや俺からの情報ってのはなるべく伏せてな。
じゃ、俺帰るよ。あいつらを送るので昼休みの貸しはチャラだな」
「貸しはそのままでいいよ」
「そうか。会長、またな」
「バイバイ、弾丸くん、つくの様。また明日」
弾丸は命から離れ、見つかってしまい動けなくなった一年生コンビの横で一度止まる。
「な、何ですかっ!? ダ、ダンガン先輩達が! な、何を話していたかなんて聞いてませんよっ!?」
「そ、ソウだソウだー」
「聞いていなくても覗いていただろう。全く。お前ら、覗きの罰として会長をもてなせ。今時の女子高生らしい感じで」
「そ、それはいいですけど。先輩が女子高生って言うとちょっと」
「やかましいっ。はぁ。じゃあ会長をよろしく。またな、柳瀬に榊」
「あ、ちょっと先輩っ! 帰っちゃうんですか!?」
「サヨナラー」
弾丸は薫子に応えず手をヒラヒラと振るだけで振り返りもせず、そのまま帰ってしまった。
歩く弾丸の背中を薫子が睨んでいると横から挨拶された。命だ。
「あなた達二人が私をもてなしてくれるんだよね? 榊さんと柳瀬薫子さん」
「よ、よろしくお願いします、神前先輩!」
「命でいいよ。親しい人はみんな名前呼びだから」
「じゃあ、……み、命先輩で」
「カ、神前先輩を名前呼ビなンて恐レ多くテ」
「いいの、いいの。私もまどかちゃん、薫子ちゃんって呼んでもいい?」
「もちろんですよ、命先輩! まどかも、ねっ!?」
「はいっ! 神前じゃなくてえっと、命先輩!」
「エスコート、よろしくね」
「はいっ!」
「喜ンでっ!」
命、薫子、まどかの三人は早くも打ち解けたのか和気藹々とした雰囲気で出発した。楽しそうな彼女達は気付かない、自分達が三つの目に見られている事を。ビルの屋上に留まる一羽の大きな烏。その額の朱い眼が妖しく光り、彼女達を静かに観察していた。
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