忠告
美鶴は昴を連れて三つのグループからある程度離れた。二人で並び立ち、彼女は特別課題組を己の視界に入れて話し始める。
「さっきも言ったが陸奥、腕を上げたな。術だけではなく、霊力を含む地力も」
「ありがとうございます」
「だが、急激すぎる。何か無茶をしているな」
「朝、弾丸達にも心配されました。目の下に隈があるって」
言って、昴は柔らかく微笑む。大抵の女の子なら見蕩れてしまうそれを、向けられた美鶴は気に留めないどころか見もしない。
「六連院が背負った最強という看板に追い詰められていないか?」
「平気です、と言ったら嘘になりますね。分家生まれでも僕は六連院なんです。退魔士として一族の看板に泥を塗るわけにはいきません」
「宗家生まれのあれはいいのか? 泥を塗りたくっているとよく聞くぞ」
「弾丸がああなのは仕方がないですよ。術どころか霊力を外に発せない―――」
昴は言葉を一旦切り、言おうとした何かを口には出さず飲み込んだ。
「だから、僕がしっかりしなきゃいけないんです。戦えない弾丸の分も強くならなくちゃいけないんです」
「最高とされる神前が近くにいるからか?」
「それは違います。命ちゃんが神前だからではなく、命ちゃんだからです」
昴の目はもう特別課題組を見ていない。彼の澄んだ瞳に映るのは愛おしい少女だけ。
「先生、もう班の方に戻ってもよろしいでしょうか」
そろそろ本題に入りませんか、と暗に促した。
「今のも訊きたかった事なんだがな。まあ、いい。陸奥、弾丸をお前個人の仕事に今でも連れているそうだな」
「はい。弾丸も家を出ての一人暮らしでお金が入り用ですから。僕自身は報酬よりも今は実戦経験が欲しいので」
「他意はないんだな?」
「そんな、あるわけないです」
「何、私も家でのごたごたには覚えがある。もしや六連院弾丸に陸奥昴の力を見せつける為じゃないかと懸念してな。杞憂だったか」
「僕も自分の立場を弁えていますよ。弾丸はああですが、それでも六連院宗家の長男です」
「そうだな。六連院宗家一男の名に付けられる『丸』の字もちゃんと付いているな。宗主殿や叔父殿と同じく」
数秒、二人の間を沈黙が支配した。
「名前はただの古い伝統です。父から既に形骸化した物だと教わりました」
「そうだな。次代宗主は弾丸の母君だ。『丸』の字も嫡子の証ではないな」
「はい。僕はそろそろ班に戻ってもよろしいですか」
「構わない。悪かったな、邪魔をした」
「いえ、弾丸の事も含め先生には色々と御世話になっていますから」
昴が美鶴の隣から去ろうと一歩を踏み出した途端、彼女は口を開けた。
「驕れる者久しからず。陸奥、お前への忠告だ」
昴の足が止まった。首だけを横に動かし、彼の歩みを止めた女の顔を見つめる。
「忠告、とは?」
「何、想像したことはないか? もし弾丸が普通に術を使えていたらと」
「弾丸が? いいえ。昔はしたかも知れないですけど」
「別にお前や神前程の出力じゃなくていいんだ。霊力を発すれば起動する簡易術符程度でいい。ただあいつが攻撃する手段を得たと仮定しよう」
昴は見た。見てしまった。日本でトップの一人として数えられる退魔師が愉しげに笑みを湛えたのだ。
「国内で十本の指に入れる」
「…………先生、御冗談を」
ポカーンと半開きになった口を慌てて閉じ、言葉を返した。昴にしては珍しい表情だ。
「入れるは言い過ぎだったが可能性はあるぞ。私の浪鶴が当たらないんだからな」
「先生はまだ本気ではないでしょう。奥の手もきっとあるでしょうし」
「まあな。しかし、本気は出していないが私はいつでも真剣だぞ。
まあ、所詮仮定は仮定だ。弾丸に手段が無ければ取るに足らない妄想だ。
だが、陸奥。お前は私の想定を否定したが、お前はあいつの回避能力の高さを一切考慮していなかった。己が弾丸より強いとの意識が認識を曇らせた。それがいつか足を掬う事になると、な」
「先生の御忠告、胸に刻んでおきます。ありがとうございました」
「礼はいらないよ。さあ、班に戻れ」
そして、この日の『特科』の授業は怪我人も無く無事に終わった。即ち榊まどかは自由な二日間を得られなかったのである。
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