課題
「一年と二年が混ざった二つの班に分かれろ。一年は防御と迎撃をとりあえずどっちも試せ。二年は自分の得手とする方で集まって後輩の指導。どっちもいける奴は二年の人数が少ない方に入れ。
私も後から順番に見る。今週いっぱい実技はこれでいくぞ。
回避は来週に体術でやるので心配するな。じゃ、散れ」
教師の指示に従って生徒達は動き出す、弾丸を除いて。
「ちょっ、美鶴先生っ! 俺は!? 何で未だに攻撃されてんの、俺っ!? 終わったんでしょうよ! なぁっ!?」
空を舞う浪鶴は弾丸ががなる通り、彼を狙い続けていた。
そんな抗議の声を聞いた美鶴は首だけ音源の方に向けた。
「ああ、お前には別の課題だ。そのまま浪鶴を避けてろ、私がいいと言うまで。で、もう一人か。まどか!」
「はイぃっ!?」
迎撃の班に入ろうとしていたまどかが突然呼ばれて驚いたのか素っ頓狂な声を上げた。入ろうとした班の先輩達に慌てて断りを入れると彼女は小走りで美鶴の元に来た。
「何デスか、師匠? いきなリ呼んデ。これカら迎撃の班で練習シヨうと」
「弾丸と同じく、お前にも別な課題を出す」
「ハ? エ、あノ先生? 今、授業中なんですド」
「今は師匠だ、馬鹿弟子。それにまどか、今更他の一年に混じって迎撃の練習か? お前、今じゃあ並の上級生よりも強いだろう」
「そリャ、……そうデスけド」
師匠がもたらした地獄の日々を過ごせば誰だって強くなれるとまどかは苦笑した。
美鶴は右手の親指を立て己の後を示す。
「私の浪鶴十羽の支配をお前に渡す。授業が終わるまで一羽も落とさず、弾丸を攻撃しろ。ほら」
「はイぃぃっ!? うわっ、きツゥ! 多イぃ、重イ……っ!」
ぽんと手でまどかの肩を軽く叩いて、微笑みを浮かべた美鶴は、空を舞う浪鶴の支配権を弟子に渡した。
渡されたまどかは苦悶の表情で泣き言を漏らす。
「アタシ、自分で折っタ浪鶴でも八羽が限界なノに師匠ノを使えト、……しかも十羽モっ。師匠ノ、アタシの鶴よリも重くテ敏感過ギっ!」
「お前のとは完成度が違うからな。無理して弾丸を攻撃しなくても、私は一向に構わないぞ、別に。残りの授業時間中、一羽も落とさず浮かしておけば課題クリアだ」
「はイぃ、そうシとき―――」
「ただ私の浪鶴を使って弾丸にブチ当てた場合、今日と明日の二日間、ノルマを免除するつもりだったんだがなぁ」
「ません! 十文字流鬼紙、浪鶴! アタシに従えっ!」
まどかの目に火が宿り、背筋をピンと伸ばし、四肢に力を込め、弾丸を睨む。
「師匠、アタシ殺ります。絶対に殺ります」
「それでこそ我が一番弟子だ。頑張れよ」
師匠の愛の鞭に応える様に弟子の殺気が膨れ上がる。
「これで終わると思ったのに何やる気出してんだよ、榊! やるって別の意味に聞こえるぞ!」
「ダンガン先輩。アタシの自由ナ二日間ノ為に死ねェ!」
「Shit!」
避ける事しか出来ない弾丸と紙使いの第二ラウンドが始まった。第一ラウンドとは違い、相手は修行中の未熟者だが。
そんな弟子と標的の戦いを尻目に美鶴は特科の教師として実習を始めている生徒達の方へ歩く。
防御と迎撃の二つの班に分かれているので、まず防御班を見ようとそちらに足を向ける。
メンバーを見るとほとんどが男子で、女子は二人しか居ない。防御のデモンストレーションをした命と先程質問をした切山という一年女子だけだ。
「あー、やっぱりこうなったか。生徒の自主性を重んじるなんて机上の空論だな」
思わず知らずぼやいてしまう美鶴であった。
男子生徒は一部を除いて命から指導を受けたいと思っているのがありありと見て取れる。一年だけではなく、困った事に二年もだ。
男子共をちゃんと統率しようと奮闘しているのは長い解答でお馴染みの高池だ。半数以上を自らが引き受け、残ったのを命の方に回している。ちなみに彼の采配で切山は命のグループに入れられた。
溜息を吐きそうだった美鶴だったが、防御班の様子を見て一変、感心する。
「神前は変わりなく上々。高池め、ふふ」
純粋な向上心で自身も一流の結界術士である命の教えを受けたいだろうが、これから伸びそうな後進にその機会を譲った高池を美鶴は高く評価した。先の解答は美鶴的にはマイナスな点も少々あったが、おまけして彼の成績を上げる事を決定した。
余談ではあるが、防御班にいる他の二年男子は高池とは相対的に評価が下がる未来が今確定した。
「神前が補助無しでの展開と術者の適性調べ、高池が補助を使っての展開と助言か」
「先生。はい、高池君のおかげで大雑把なものにならなくて幸いでした。己の守りの適性を知る事は退魔の修業を始めた人にとってとても大事ですから」
「なら安心だ。そのまま励む様に。では次は、と」
そう言い残して美鶴はもう一つの班、迎撃の方に目を向ける。
見て、額に手をやり、空を仰ぐ。残念ながらそこには高い天井しかないが。
「男も男だが、女も女で大概だな」
視線を元に戻し、目に映った光景を再確認して先程は抑えられた溜息を吐いた。
迎撃班の構成は防御班のそれと全く逆。女子生徒が昴に群がっている。
好意的に見るなら一年は熱心に先輩である昴の説明を聞こうとしていると考えられるが、二年女子共、お前達はアウトだ。よって全員有罪、と言いたいところだがちゃんと班での実習の体は取れている様子だ。そうでないと美鶴によって班を解散させられる可能性を考慮してだろう。男子共と違って、中々賢しいのが特科女子だ。
美鶴としては特別課題を与えなければ己の弟子がこの集団に混じっていたのかと思うと酷く情けなくなった。
美鶴はそんな内心を一切表には出さず、迎撃班にすっと近付く。
「陸奥、どうだ?」
「あ、先生。はい、みんな熱心に取り組んでいます。これから僕の六魂を相手に防御的迎撃を一年生には体験と練習、二年生には実戦を見据えた鍛錬をしてもらおうかなと」
「ほう。なら余裕はあるな。一年! 陸奥の六魂相手に練習! 二年! お前らは一年に付いてやれ! 解ったな! 陸奥は私と来い。お前にちょっと話がある」
「先生が僕に話ですか? 珍しいですね。僕、何かしましたか?」
「個人的に訊きたい事があるだけだ。一般でも特科でも次席をマークしているお前に学業で何の問題がある。向こうでピョンピョン跳ねている馬鹿とは違うだろう」
「は、ははは。えっと、ほら弾丸ですし」
どこか乾いた笑い声を上げた昴には美鶴越しに特別課題に取り組む二人が見えた。
「ほぉら、どうしたぁっ!? 俺に浪鶴ブチ当てて自由をゲットするんだろうっ!」
「ぐゥっ! こノっ! ちョこマカ動イて! 後輩思イの先輩なラ黙っテ当たレぇっ!」
「てめえの都合で先輩の命を狙ってくる後輩なんかこっちから願い下げだ! 鶴さんこちら! 手の鳴る方へ!」
「ムッカつく! 浪鶴っ! もっと速く! もっと鋭く!」
デモンストレーション時とは違い、軽く余裕まで見せて、まどかを全力でおちょくっている弾丸。
まどかは浪鶴十羽全てを攻撃に回すのではなく四羽だけ、残りの六羽はまどかの周囲でホバリング待機だ。ただし、よく見るとそれら待機中の鶴の首は全て絶えず動く弾丸に向いている。
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