回避
美鶴は首だけ動かし、生徒達を眺める。そして、ある生徒で視点を固定した。
弾丸が視線に気付くと美鶴はニヤァと笑みを浮かべる。
嫌な予感しかしない。予見していた事がこれから起ころうとしている。弾丸は思った。
「最後。回避。弾丸」
嗚呼、最悪だ、畜生、と。
「御愁傷様DEATH」
ただでさえ奇妙な発音で喋るまどかの語尾が不穏な発音だった。弾丸の耳にはそうとしか聞こえなかった。引きつった顔で隣のまどかを見下ろすが彼女の視線は明後日の方向に向いている。先程の仕返しらしい。
出なきゃ何をされるか経験則で分かっているので、前に出るだけは出ようと弾丸は動きたがらない足に歩けと強く命じて、命と昴が立った場所を目指した。
弾丸が指定の位置に着き、正面を見る。そこには満面の笑みを浮かべた美鶴がこちらを見つめていた。
美人なのに本当もったいない、と常日頃抱いている思いを胸に弾丸が口を開いた。
「美鶴先生、いつも言っていますが俺、霊的な存在が見える聞こえるだけで術も使えない、限りなく一般生徒に近い青少年なんです。ここは穏便に見学でもさせてくれませんか?」
美鶴が放つ術の的になりたくない一心で弾丸は理論武装を展開した。
「却下だ。私はお前の回避能力を正当に評価している、だからお前を選んだ。別に私はお前に術を使えなどと言っていないだろう。私は生徒の長所を伸ばす教育方針なだけだ」
弾丸は説得を諦めストレッチを開始しようとするが、美鶴がそれを止めた。
見ている一年生達はまどかを除いてひどく驚いた表情。まどかと二年生達はやっぱりなと納得の表情。
当事者である弾丸は苦虫を噛み潰したようだが、対照的に美鶴はとても涼しげ。
「人外との戦いは何時何処が戦場になるかわからない。お前のウォームアップを連中は待ってくれるのか?」
「変身ヒーローものの特撮やアニメなら敵さん、変身中は手を出しませんよ」
「最近は変身直前や合体中に攻撃されない理由付けの設定が用意されてるだろう。それに私が言っているのは現実での話だ。ぐだぐだ言ってないで構えろ」
「ちょっと待って下さいよ、って手に持ってんの折り鶴じゃねぇか! しかも八羽っ!? 飛行機より威力も速度も精度も高いあんたの十八番だろ! 昴とあれが違うぞ、難易度が! 何だよ、それ! あんた、俺を殺す気かっ!?」
「おい、弾丸。私は言ったぞ、遺書を用意しとけと。死にたくなけりゃ全部避ければいいだけの事だろう?」
「美鶴先生、年度末にそれで校庭に結構な大きさの穴ブチ空けたの忘れてませんよねぇ!? 一般生徒にも特科にも怪我人が出なかったとはいえ、問題になったんですから! だから、俺をターゲットにして自分の訓練兼憂さ晴らしは止めて下さいって!」
「い、や、だ。さあ、やるぞぉ」
「俺がもう嫌だ、このバトル・フリーク」
そうぼやいた一瞬のうちに弾丸は股を大きく広げて上半身を左に反らした。そして、高速で飛ぶ二つの何かが彼の膝と右肩があった処を通り過ぎた。
「あっぶな! 最初から背後に二つ仕掛けてたのか。手に持った鶴が飛行機の時と同数ってのは罠か! えげつねぇ! それどころか悪意をビンビン感じるぜ」
「ちっ。避けたか」
「小声で言っても聞こえてるからな! 今の下手に当たっていたら両脚と右腕が千切れてたからな! 俺の装甲障子紙並なんだからな!」
「十文字流鬼紙、浪鶴。翔ろ」
「ちっとは聞けよ、生徒の話っ! それでも教育者か、あんたっ!?」
八羽の鶴も美鶴の両手から飛び立つ。紙飛行機とは違い、ただ飛び回るだけではなく、各々の双翼を羽ばたかせて、あらゆる軌道をまるで生きているかの如く空を翔る。そう、それらは緩急自在、自由自在の空中のサーカスを観客である生徒達に魅せている。
ただサーカスはサーカスでも危険なサーカスだ。十羽の鶴達は弾丸を狙い、突撃を繰り返す。攻撃は怒濤の勢いで、昴の時の紙飛行機などとは比べ物にならない。野蛮な言い回しでこの状況を説明するなら、命ぁ殺りにきている、であろう。
そして、地上でもサーカスが繰り広げられている。標的になった少年が懸命に十羽の猛攻を回避している。飛んだり跳ねたり、曲げたり伸ばしたり、上がったり下がったり、止まったり回ったりしながら、全身をフル稼働して攻撃を避けている。
どれもギリギリだが今の処、弾丸に一撃が入るどころか掠りすらしていない。ただ必死の形相ではあるが。
弾丸を狙う浪鶴を操る美鶴はとても楽しそうで、良い笑顔だ。
二人のデモンストレーションを見つめる生徒達の目は忙しなく動いて、眼前で起こっている全てを把握しようと努めている。例外は二人の少女で、片方は何故か苦笑し、もう片方はにこにこと微笑んでいる。
「弾丸。動きながらでいいから答えろ。回避の欠点は」
「当たってラッキーだったら重傷! じゃなかったらぁおっ死ぬぅ!」
「他には」
「人外の! 毒や妖力がぁ! 人のぉ身体を蝕めばぁ、命に、関わるぅぅ! 危険な物でっ! あるからぁっ! 当たれ、ば、死に! 瀕するっ!」
「対処法は」
「術で保険をぉぉっと掛けとく、かっ! 呪符や! 装備で! 身を固めるとか、すればマシになるって、のぉぉぉっ!」
教師の問いに答える生徒の図。言葉にすれば何気ない平和な日常の一コマなのだが、現実での風景はこうも違うのか。
「そう言うお前はどうだ、ん?」
「出来ねぇからっ! こうやって避、けてんだろ! 俺は! 霊力を体外に発するの、がっ! 出来ないから! 呪符とかも一切使えないのを、知っているだろ! あんた!」
「そうだった、そうだった。忘れていたよ、その制服、私の紙飛行機までが限界だったな。よし弾丸、御苦労。これでデモンストレーションは終わりだ」
美鶴はそこで終わりを告げ、生徒達の方に体を向けた。
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